》でも卯平《うへい》は八十に近《ちか》い老衰者《らうすゐしや》である。一日《いちにち》の食料《しよくれう》がどれ程《ほど》要《い》るかそれは知《し》れたものである。それでも勘次《かんじ》は從來《これまで》よりも餘計《よけい》に費《つひ》やさねばならぬ※[#「穀」の「禾」に代えて「釆」、254−10]物《こくもつ》に就《つ》いて彼《かれ》の淺猿《さも》しい心《こゝろ》が到底《たうてい》騷《さわ》がされねばならなかつた。勘次《かんじ》は卯平《うへい》の居《ゐ》ぬ時《とき》にはそれとはなく獨《ひと》りぶつ/\と呟《つぶや》くことがあつた。與吉《よきち》はそれを聞《き》いて居《ゐ》た。彼《かれ》は、火鉢《ひばち》の前《まへ》に凝然《ぢつ》として居《ゐ》ては座敷《ざしき》へ上《あが》る鷄《にはとり》をしい/\と逐《お》ひつつむつゝりとして居《ゐ》る卯平《うへい》に小《ちひ》さな銅貨《どうくわ》を貰《もら》つては、それを口《くち》へ入《い》れたり座敷《ざしき》へ落《おと》したりしながら卯平《うへい》へ種々《いろ/\》なことを饒舌《しやべ》つて聞《き》かせた。
「爺《ぢい》」と喚《よ》び掛《か》けて彼《かれ》は或《あ》る日《ひ》斯《か》ういつた。
「爺《ぢい》來《き》てから米《こめ》しつかり減《へ》つてしやうねえつて云《ゆ》つたぞう」
「うむ」卯平《うへい》は口《くち》に銜《くは》へた煙管《きせる》を徐《おもむ》ろに手《て》に取《と》つて
「おとつゝあでもあんべ」卯平《うへい》はげつそりといつた。
「おとつゝあ、何遍《なんべん》も云《ゆ》つたんだわ」卯平《うへい》は又《また》煙管《きせる》を噛《か》んで手《て》が少《すこ》し顫《ふる》へた。
「云《ゆ》はざらに」と卯平《うへい》は凝然《ぢつ》と目《め》を蹙《しか》めつゝ少《すこ》し壤《こは》れた壁《かべ》の一|方《ぱう》を睨《ね》めつゝいつた。
霜解《しもどけ》の庭《には》を掻《か》き立《た》てゝ居《ゐ》た鷄《とり》がくるりと指《ゆび》を捲《ま》いては足《あし》を擧《あ》げて驚《おどろ》いた樣《やう》に周圍《あたり》を見《み》て、又《また》足《あし》を踏《ふ》みつけ/\のつそり歩《ある》いて戸口《とぐち》の閾《しきゐ》へ暫《しばら》く乘《の》つてずつと延《の》ばした首《くび》を少《すこ》し傾《かたむ》けて卯平《うへい》を見《み》
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