に成《な》つて居《ゐ》てそれほど汚穢《むさ》い感《かん》じは與《あた》へられなかつた。彼《かれ》は今《いま》熾《さかん》な暑《あつ》い日《ひ》を仰《あふ》いだ目《め》を放《はな》つて俄《にはか》に物陰《ものかげ》を探《さが》さうとするものゝやうに酷《ひど》く勝手《かつて》が違《ちが》つたのである。
 彼《かれ》は暫《しばら》く好《すき》な煙草《たばこ》に屈託《くつたく》して居《ゐ》たが漸《やうや》く日《ひ》が暖《あたゝか》く成《な》り掛《か》けたので、稀《まれ》に生存《せいぞん》して居《ゐ》る往年《わうねん》の朋輩《ほうばい》や近所《きんじよ》への義理《ぎり》かた/″\顏《かほ》を出《だ》す積《つもり》で外《そと》へ出《で》た。勘次《かんじ》とおつぎとが晝餐《ひる》に歸《かへ》つて來《き》た時《とき》に卯平《うへい》は居《ゐ》なかつた。彼《かれ》は夜《よる》に成《な》つてのつそりと戸口《とぐち》に立《た》つた。勘次《かんじ》が庭《には》へ出《で》ようとして大戸《おほど》をがらりと開《あ》けた時《とき》卯平《うへい》と衝突《つきあた》り相《さう》に成《な》つた。勘次《かんじ》は足《あし》もとにずる/\と横《よこた》はつた蛇《へび》を見《み》つけた刹那《せつな》の如《ごと》く悚然《ぞつ》として退去《すさ》つた。
 卯平《うへい》は缺《か》けた齒齦《はぐき》で煙管《きせる》を横《よこ》に噛《か》んでは脣《くちびる》をぎつと締《し》めると口《くち》が芒《すゝき》で裂《さ》いた樣《やう》に見《み》えた。老衰《らうすゐ》してから餘計《よけい》にのつそりした卯平《うへい》の身體《からだ》は、それでも以前《いぜん》のがつしりした骨格《ほねぐみ》が聳《そび》えて側《そば》に居《ゐ》る勘次《かんじ》を異樣《いやう》に壓《あつ》した。卯平《うへい》は五六|日《にち》の間《あひだ》毎日《まいにち》唯《たゞ》ぶら/\と出《で》ては黄昏近《たそがれちか》くかそれでなければ夜《よる》に成《な》つて歸《かへ》つた。勘次《かんじ》は毎日《まいにち》唐鍬《たうぐは》持《も》つて林《はやし》へ出《で》た。おつぎは半纏《はんてん》を引掛《ひつか》けて針《はり》の師匠《しゝやう》へ通《かよ》つた。おつぎはもう幾年《いくねん》といふ永《なが》い間《あひだ》のことではあるが、それでも極《きま》つた月日《つきひ》
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