を繼續《けいぞく》して針仕事《はりしごと》を勵《はげ》む餘裕《よゆう》がなく漸《やうや》く手《て》についたかと思《おも》ふと途中《とちう》を切《き》つたり止《や》めたりするので思《おも》ふ樣《やう》な上達《じやうたつ》はなかつた。おつぎは暇《ひま》を偸《ぬす》んでは一|生懸命《しやうけんめい》で針《はり》を執《と》つた。卯平《うへい》がのつそりとして箸《はし》を持《も》つのは毎朝《まいあさ》こせ/\と忙《いそが》しい勘次《かんじ》が草鞋《わらぢ》を穿《はい》て出《で》ようとする時《とき》である。おつぎは卯平《うへい》の爲《ため》に火鉢《ひばち》へ※[#「火+畏」、第3水準1−87−57]《おき》を活《い》けてやつたり、お鉢《はち》を側《そば》へ供《そな》へたりするので幾《いく》らか時間《じかん》が後《おく》れる。さうすると勘次《かんじ》は擔《かつ》いだ唐鍬《たうぐは》をどさりと置《お》いたり、閾《しきゐ》を出《で》たり這入《はひ》つたり、唯《たゞ》忸怩《もぢ/\》として居《ゐ》ては、口《くち》に出《だ》せない或《ある》物《もの》を包《つゝ》むやうな恐《おそ》ろしい權幕《けんまく》でおつぎを見《み》る、勘次《かんじ》はそれでも慊《あきた》らないでおつぎの姿《すがた》が戸口《とぐち》を出《で》るまでは庭《には》に立《た》つて居《ゐ》ることもある。勘次《かんじ》は毎朝《まいあさ》出《で》て行《ゆ》く方面《はうめん》が異《ことな》つて居《ゐ》るにも拘《かゝは》らず、同時《どうじ》に立《た》つて行《ゆ》くのを見《み》なければ心《こゝろ》が濟《す》まないのであつた。毎朝《まいあさ》さうするので
「おとつゝあは行《い》けな、爺《ぢい》こと見《み》てやんなくつちや成《な》んめえな」おつぎは竊《ひそか》に勘次《かんじ》を窘《たしな》めていふことがある。勘次《かんじ》は恐《おそ》ろしい權幕《けんまく》で凝然《ぢつ》と立《た》つた儘《まゝ》おつぎを睨《にら》んでさうして卯平《うへい》をちらと一|瞥《べつ》しては、卯平《うへい》の目《め》を憚《はゞか》る樣《やう》にしてさつさと唐鍬《たうぐは》を擔《かつ》いで出《で》て行《ゆ》く。卯平《うへい》は自分《じぶん》の爲《ため》におつぎが遲《おそ》く成《な》る時《とき》には
「俺《お》ら自分《じぶん》でやつから汝《わ》りや構《かま》あねえで行《い
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