つら》と交際《つきえゝ》した日《ひ》にや限《かぎり》はねえが、隅《すみ》の方《はう》にちゞまつてりや何《なん》ともゆはねえな」勘次《かんじ》がついて居《ゐ》る間《あひだ》におつぎは枯粗朶《かれそだ》を折《をつ》て火鉢《ひばち》へ火《ひ》を起《おこ》した。勘次《かんじ》は火箸《ひばし》を渡《わた》して鰯《いわし》を三《み》つばかり乘《の》せた。鰯《いわし》の油《あぶら》がぢり/\と垂《た》れて青《あを》い焔《ほのほ》が立《た》つた。鰯《いわし》の臭《にほひ》が薄《うす》い煙《けむり》と共《とも》に室内《しつない》に滿《み》ちた。さうして其《その》臭《にほひ》がお品《しな》の食慾《しよくよく》を促《うなが》した。お品《しな》は俯伏《うつぶ》したなりで煙臭《けぶりくさ》くなつた鰯《いわし》を喰《た》べた。
「どうした鹽辛《しよつぱ》かあ有《あ》んめえ」
「有繋《まさか》佳味《うめ》えな」
「此《これ》でもこゝらの商人《あきんど》は持《も》つちや來《き》ねえぞ」勘次《かんじ》は一心《いつしん》に見《み》ながらいつた。
お品《しな》は二匹《にひき》へ手《て》をつけて箸《はし》を置《お》きながら懷《ふところ》で眠《ねむ》つて居《ゐ》る與吉《よきち》を覗《のぞ》いて
「起《お》きて居《ゐ》たら大騷《おほさわ》ぎだんべ」といつた。
「いまつとたべろな」勘次《かんじ》はいつた。
「澤山《たくさん》だよ、おつうげもやつてくろうな」
「俺《おれ》も飯《めし》でも食《く》はうかえ」勘次《かんじ》は風呂敷包《ふろしきづゝみ》から辨當《べんたう》の殘《のこり》を出《だ》して冷《つめ》たい儘《まゝ》ぷす/\と噛《かぢ》つた。
「おうつ、お茶《ちや》は冷《つ》めたくなつたつけかな」お品《しな》はいつた。
「要《えら》ねえぞ仕事《しごと》に出《で》りや毎日《まえんち》かうだ」勘次《かんじ》は梅干《うめぼし》を少《すこ》しづゝ嘗《な》め減《へ》らした。辨當《べんたう》が盡《つ》きてから勘次《かんじ》は鰯《いわし》をおつぎへ挾《はさ》んでやつた。さうして自分《じぶん》でも一|口《くち》たべた。
「此《こ》りや佳味《うめ》えこたあ佳味《うめ》えが餘《あんま》りあまくつて俺《おら》がにや胸《むね》が惡《わる》くなるやうだな」勘次《かんじ》は冷《さ》めた湯《ゆ》を幾杯《いくはい》か傾《かたぶ》けた。勘次《か
前へ
次へ
全478ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング