といふことは卯平《うへい》へはいはなかつた。假令《たとひ》どうした處《ところ》で勘次《かんじ》の許《もと》へ歸《かへ》らねばならぬことに極《きま》つて居《ゐ》るのだから、それには戸板《といた》へ乘《の》せてやる樣《やう》な病氣《びやうき》の起《おこ》るまで奉公《ほうこう》させて置《お》くよりも、丈夫《ぢやうぶ》なうちに暇《ひま》を取《と》らせて還《かへ》して畢《しま》へば、或《あるひ》は勘次《かんじ》との間《あひだ》も思《おも》つた程《ほど》のこともないだらうと、程《ほど》よいことに卯平《うへい》へ噺《はな》した。卯平《うへい》は固《もと》より親方《おやかた》から家《うち》の容子《ようす》やおつぎの成人《せいじん》したことや、隣近所《となりきんじよ》のことも逐《ちく》一|聞《き》かされた。卯平《うへい》は窪《くぼ》んだ茶色《ちやいろ》の眼《め》に暖《あたゝ》かな光《ひかり》を湛《たた》へた。
卯平《うへい》は短《みじか》い時間《じかん》であつたが氣《き》がついてから心掛《こゝろが》けたので財布《さいふ》には幾《いく》らかの蓄《たくは》へもあつた。僅《わづか》な衣物《きもの》であるがそれでも煤《すゝ》けたやうに褪《さ》めた風呂敷《ふろしき》に大《おほ》きな包《つゝみ》が二つ出來《でき》た。一つの不用《ふよう》の分《ぶん》は運河《うんが》から鬼怒川《きぬがは》へ通《かよ》ふ高瀬船《たかせぶね》へ頼《たの》んで自分《じぶん》の村落《むら》の河岸《かし》へ揚《あ》げて貰《もら》ふことにして、彼《かれ》は煙草《たばこ》の一|服《ぷく》をも忘《わす》れない樣《やう》に身《み》につけた。彼《かれ》は股引《もゝひき》に草鞋《わらぢ》を穿《は》いて其《そ》の大風呂敷《おほぶろしき》を脊負《せお》つて立《た》つた。麥酒《ビール》の明罎《あきびん》二|本《ほん》へ一|杯《ぱい》の醤油《しやうゆ》を莎草繩《くゞなは》で括《くゝ》つて提《さ》げた。それから彼《かれ》は又《また》煎餅《せんべい》を一|袋《ふくろ》買《か》つた。醤油《しやうゆ》と米《こめ》とが善《よ》いので佳味《うま》い煎餅《せんべい》であつた。彼《かれ》は三つの時《とき》に別《わか》れて五つの秋《あき》に一寸《ちよつと》見《み》た與吉《よきち》がもう八つか九つに成《な》つて居《ゐ》ると恁《か》う數《かぞ》へて見《み》て土産《
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