ゐ》た。桑《くは》の間《あひだ》には馬鈴薯《じやがいも》が茂《しげ》つて花《はな》を持《も》つて居《ゐ》た。南《みなみ》の家《いへ》では少《すこ》しばかり養蠶《やうさん》をしたので百姓《ひやくしやう》の仕事《しごと》が凡《すべ》て手後《ておく》れに成《な》つたのであつた。村落《むら》の大抵《たいてい》が田植《たうゑ》を畢《をは》り掛《か》けたので慌《あわ》てゝ大勢《おほぜい》の手《て》を傭《やと》うた。其《そ》の日《ひ》は晴《は》れて心持《こゝろもち》がよかつたのと、一|同《どう》が非常《ひじやう》な奮發《ふんぱつ》をしたのとで仕事《しごと》は日《ひ》の高《たか》い内《うち》に濟《す》んだ。南《みなみ》の女房《にようばう》は仕事《しごと》の見極《みきは》めがついたのでおつぎを連《つ》れて、其《その》晩《ばん》の惣菜《そうざい》の用意《ようい》をする爲《ため》に一|足《あし》先《さき》へ田《た》から歸《かへ》つた。女房《にようばう》は忙《いそが》しい思《おも》ひをしながら麥《むぎ》を熬《い》つて香煎《かうせん》も篩《ふる》つて置《お》いた。
田植《たうゑ》の同勢《どうぜい》は股引《もゝひき》穿《は》いた儘《まゝ》泥《どろ》の足《あし》をずつと堀《ほり》の水《みづ》に立《た》てゝ、股引《もゝひき》の紺地《こんぢ》がはつきりと成《な》るまで兩手《りやうて》でごし/\と扱《しご》いた。溶《と》けた泥《どろ》が煙《けぶり》の如《ごと》く水《みづ》を濁《にご》らしてずん/\と流《なが》される。さうしてから其《そ》の股引《もゝひき》を脱《ぬ》いでざぶ/\と洗《あら》ふ者《もの》も有《あ》つた。彼等《かれら》が歸《かへ》つて家《いへ》の内《うち》は急《きふ》にがや/\と賑《にぎや》かに成《な》つた。裏戸口《うらとぐち》の※[#「柿」の正字、第3水準1−85−57]《かき》の木《き》の下《した》に据《す》ゑられた風呂《ふろ》には牛《うし》が舌《した》を出《だ》して鼻《はな》を舐《な》めづつて居《ゐ》る樣《やう》な焔《ほのほ》が煙《けぶり》と共《とも》にべろ/\と立《た》つて燻《いぶ》りつゝ燃《も》えて居《ゐ》る。傭《やと》はれて來《き》た女房等《にようばうら》の一人《ひとり》が蓋《ふた》をとつてがら/\と掻《か》き廻《まは》して、それから復《ま》た火吹竹《ひふきだけ》でふう/\と吹
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