退《あとずさ》りに深《ふか》い泥《どろ》から股引《もゝひき》の足《あし》を引《ひ》き拔《ぬ》き引《ひ》き拔《ぬ》き植《う》ゑ退《の》く。恁《か》うして宏濶《くわうくわつ》な水田《すゐでん》は、一|日《にち》泥《どろ》に浸《ひた》つた儘《まゝ》でも愉快相《ゆくわいさう》に唄《うた》ふ聲《こゑ》がそつちからもこつちからも響《ひゞ》くと共《とも》に、段々《だん/\》に淺《あさ》い緑《みどり》が掩《おほ》うて、多忙《たばう》で且《かつ》活溌《くわつぱつ》な夏《なつ》の自然《しぜん》は先《さき》に植《う》ゑられた田《た》から漸次《ぜんじ》に深《ふか》い緑《みどり》を染《そ》めて行《ゆ》く。田《た》が凡《すべ》て植《う》ゑ畢《をは》つた時《とき》には畦畔《くろ》にも短《みじか》い草《くさ》が生《は》えて居《ゐ》て土《つち》の黒《くろ》い部分《ぶぶん》が何處《どこ》にも見《み》えなく成《な》る。自然《しぜん》は始《はじ》めて自己《じこ》の滿足《まんぞく》を得《え》た樣《やう》にからりと快《こゝろ》よい空《そら》を拭《ぬぐ》うて暑《あつ》い日《ひ》の光《ひかり》を投《な》げ掛《か》ける。青田《あをた》の畦畔《くろ》には處々《しよ/\》に萱草《くわんさう》が開《ひら》いて、田《た》の草《くさ》を掻《か》くとては村落《むら》の少女《むすめ》が赤《あか》い帶《おび》を暑《あつ》い日《ひ》に燃《も》やさない日《ひ》でも、萎《しぼ》んでは開《ひら》いて朱杯《しゆはい》の如《ごと》く點々《てん/\》と耕地《かうち》を彩《いろど》るのである。百姓《ひやくしやう》は忙《いそが》しい田植《たうゑ》が畢《をは》れば何處《どこ》の家《いへ》でも秋《あき》の收穫《しうくわく》を待《ま》つ準備《じゆんび》が全《まつた》く施《ほどこ》されたので、各自《かくじ》の勞《らう》を劬《ねぎら》ふ爲《ため》に相當《さうたう》な饗應《もてなし》が行《おこな》はれるのである。其《それ》が早苗振《さなぶり》である。
勘次《かんじ》とおつぎは南《みなみ》の早苗振《さなぶり》の日《ひ》に傭《やと》はれて行《い》つて居《ゐ》た。勘次《かんじ》の家《いへ》から南《みなみ》へ行《ゆ》く小徑《こみち》を挾《はさ》んだ桑畑《くはばたけ》は刈取《かりと》つてから草《くさ》の生《は》えた位《くらゐ》に枝《えだ》が立《た》ち始《はじ》めて居《
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