けん》は村落《むら》の凡《すべ》ての口《くち》を久《ひさ》しく防《ふせ》ぐことは出來《でき》なかつた。殊《こと》に女房等《にようばうら》の間《あひだ》には
「勘次《かんじ》さんもどうしたつちんだんべ、俺《お》ら可怖《おつかね》えやうだつけぞ」
「本當《ほんたう》によ、丸《まる》つきり狂氣《きちげえ》のやうだものなあ」といふ驚異《きやうい》の聲《こゑ》が到《いた》る處《ところ》に反覆《はんぷく》された。
「唯《たゞ》たあ思《おも》へねえよ、勘次《かんじ》さんもあゝいに仕《し》ねえでもよかんべと思《おも》ふのになあ」嘆聲《たんせい》を發《はつ》しては各自《かくじ》の心《こゝろ》に伏在《ふくざい》して居《ゐ》る或《ある》物《もの》を口《くち》には明白地《あからさま》に云《い》ふことを憚《はゞか》る樣《やう》に眼《め》と眼《め》を見合《みあは》せて互《たがひ》に笑《わら》うては僅《わづか》に
「厭《や》だ/\」といふ底《そこ》に一|種《しゆ》の意味《いみ》を含《ふく》んだ一|語《ご》を投《な》げ棄《す》てゝ別《わか》れるのである。殊《こと》には村落《むら》の若者《わかもの》の間《あひだ》へは寸毫《すんがう》も遠慮《ゑんりよ》の無《な》い想像《さうざう》に伴《ともな》ふ陰口《かげぐち》を逞《たくま》しくせしめる好箇《かうこ》の材料《ざいれう》を提供《ていきよう》したのであつた。
一四
夏《なつ》が循環《じゆんくわん》した。
暑《あつ》い日《ひ》の刺戟《しげき》が驚《おどろ》くべき活動力《くわつどうりよく》を百姓《ひやくしやう》の手足《てあし》に與《あた》へる。百姓《ひやくしやう》は馬《うま》や荷車《にぐるま》を駈《か》つて刈《か》り倒《たふ》した麥《むき》をせつせと運《はこ》ぶ。永《なが》い日《ひ》は僅《わづか》な日數《ひかず》の内《うち》に目《め》に渺々《べうべう》たる畑《はたけ》をからりとさせて、暫《しばら》くすると天候《てんこう》は極《きはま》りない變化《へんくわ》の手《て》を一|杯《ぱい》に擴《ひろ》げて、黄色《きいろ》に熟《じゆく》する梅《うめ》の小枝《こえだ》を苦《くるし》めて居《ゐ》る※[#「虫+牙」、第4水準2−87−34]蟲《あぶらむし》も滅亡《めつばう》して畢《しま》ふ程《ほど》の霖雨《りんう》が惘《あき》れもしないで降《ふ》り續
前へ
次へ
全478ページ中216ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング