く見《み》えて居《ゐ》た。おつぎは耳《みゝ》に響《ひゞ》く太鼓《たいこ》の音《おと》を聞《き》きながら、まだ縺《ほつ》れぬ髮《かみ》を少《すこ》し首《くび》を傾《かたむ》けつゝ兩方《りやうはう》の拇指《おやゆび》の股《また》で代《かは》り代《がは》りに髱《たぼ》を輕《かる》く後《うしろ》へ扱《こ》いた。おつぎは汗《あせ》を拭《ぬぐ》つてさつぱりとした身體《からだ》へ復《ま》た浴衣《ゆかた》を着《き》た。
「おとつゝあ、あの太鼓《たいこ》は何處《どこ》だんべ」おつぎは帶《おび》の端《はし》を氣《き》にして後《うしろ》へ手《て》を廻《まは》しながら聞《き》いた。
「どれ、あの遠《とほ》くのがゝ、分《わか》るもんか何處《どこ》だか」勘次《かんじ》は燃《も》えた處《ところ》だけがつくりと減《へ》つた蚊燻《かいぶ》しの青草《あをくさ》に目《め》を注《そゝ》ぎながら氣乘《きのり》のしない樣《やう》にいつた。
「俺《お》ら方《はう》へはまあだ、他村《ほかむら》から來《く》る頃《ころ》ぢやあんめえな」
「おとつゝあ等《ら》がにや分《わか》るもんかよ、そんなこと」
「そんでも、他村《ほかむら》から來《く》んだつて云《ゆ》つけぞ、支度《したく》して來《く》んだつて俺《お》ら今日《けふ》頭髮《あたま》結《ゆ》つてゝ聞《き》いたんだぞ」
「さうえ者《も》な、さうえ者《もの》よ」
「俺《お》ら行《い》つてんべ、よきも行《い》つて見《み》ろなあ、姉《ねえ》と一|緒《しよ》に」おつぎは獨語《ひとりごと》した。
「汝《わ》ツ等《ら》ことばかし遣《や》れつかえ」勘次《かんじ》は突然《とつぜん》呶鳴《どな》つた。
「そんでも、南《みなみ》のおつかさん行《ゆ》きたけりや連《つ》れてくつちつたんだぞ」
「箆棒《べらぼう》、そんなことされつかえ、踊《をどり》なんざあ後《あと》幾日《いくか》だつてあらあ、今夜《こんや》らつから行《え》かねえつたつてえゝから、他人《ひと》に云《ゆ》はれつとはあ、其《そ》れに乘《の》つてあふり/\出《て》たがんだから」勘次《かんじ》は一|概《がい》に叱《しか》りつけた。おつぎは締《し》め掛《か》けた帶《おび》を解《と》いて傍《そば》へ投《な》げ棄《す》てた。
 次《つぎ》の日《ひ》の晩餐《ばんさん》には例年《れいねん》の如《ごと》く饂飩《うどん》が打《う》たれた。小麥粉《こむぎこ
前へ 次へ
全478ページ中205ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング