》つて待《ま》つた。晩餐《ばんさん》が畢《をは》ると踊子《をどりこ》を誘《さそ》ふ太鼓《たいこ》の音《おと》が漸《やうや》く沈《しづ》み掛《か》けた夜氣《やき》を騷《さわ》がして聞《きこ》え始《はじ》めた。檐《のき》に立《た》つた蚊柱《かばしら》が崩《くづ》れて軈《やが》て座敷《ざしき》を襲《おそ》うた。勘次《かんじ》は麥藁《むぎわら》を一捉《ひとつか》み軒端《のきば》へ投《な》げて、刈《か》つた青草《あをぐさ》をそれへ打《ぶ》つ掛《か》けて、燐寸《マツチ》の火《ひ》を點《つ》けてさうして抑《おさ》へつけた。ぷす/\と燻《いぶ》る煙《けぶり》が蚊《か》を遠《とほ》く散亂《さんらん》せしめる。ぽつと焔《ほのほ》が立《た》つて燃《も》えあがれば水《みづ》を打《う》つた。彼等《かれら》は目鼻《めはな》にしみる青《あを》い煙《けぶり》の中《なか》に裸體《はだか》の儘《まゝ》凝然《ぢつ》として居《ゐ》る。煙《けぶり》が餘所《よそ》へ逸《そ》れゝば箕《み》で煽《あふ》つて家《いへ》の内《うち》へ向《むか》はせた。おつぎは勝手《かつて》の始末《しまつ》をしてそれから井戸端《ゐどばた》で、だら/\と垂《た》れる汗《あせ》を水《みづ》で拭《ぬぐ》つた。手拭《てぬぐひ》を浸《ひた》す度《たび》に小《ちひ》さな手水盥《てうずだらひ》の水《みづ》に月《つき》が全《まつた》く其《そ》の影《かげ》を失《うしな》つて暫《しばら》くすると手水盥《てうずだらひ》の周圍《しうゐ》から聚《あつま》る樣《やう》に段々《だん/\》と月《つき》の形《かたち》が纏《まと》まつて見《み》えて來《く》る。踊子《をどりこ》を誘《さそ》ふ太鼓《たいこ》の音《おと》が自分《じぶん》の村落《むら》のは直《すぐ》垣根《かきね》の外《そと》の樣《やう》に、遠《とほ》い村落《むら》のは繁茂《はんも》して居《ゐ》る林《はやし》の彼方《あなた》に空《そら》に響《ひゞ》いて聞《きこ》える。それが井戸端《ゐどばた》に立《た》つて居《ゐ》るおつぎの心《こゝろ》を誘導《そゝ》つた。同年輩《どうねんぱい》の子《こ》は皆《みな》踊《をどり》に行《ゆ》くのである。おつぎには幾分《いくぶん》それが羨《うらや》ましくぼうつとして太鼓《たいこ》に聞《き》き惚《ほ》れて居《ゐ》た。軟《やはら》かな月《つき》の光《ひかり》におつぎの肌膚《はだ》は白《しろ》
前へ 次へ
全478ページ中204ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング