し》で叩《たゝ》きながら又《また》わあつと騷《さわ》ぎ出《だ》した。
 勘次《かんじ》は今《いま》開墾《かいこん》の仕事《しごと》の爲《ため》に春《はる》までには主人《しゆじん》の手《て》から三四十|圓《ゑん》の金《かね》を與《あた》へられる樣《やう》にまで成《な》つた。大部分《だいぶぶん》は借財《しやくざい》の舊《ふる》い穴《あな》へ埋《う》めても彼《かれ》は懷《ふところ》に窮屈《きうくつ》を感《かん》じない程度《ていど》に進《すゝ》んだ。一|圓《ゑん》の錢《ぜに》が絶《た》えず財布《さいふ》に在《あ》り得《う》るならば彼等《かれら》は嘆《なげ》く處《ところ》は無《な》いのである。彼《かれ》は只《たゞ》主人《しゆじん》に倚《よ》つて居《ゐ》さへすれば善《よ》いと思《おも》つて居《ゐ》る。恁《か》ういふ遠慮《ゑんりよ》のない蔭口《かげぐち》を利《き》かれるまでには苦《くる》しい間《あひだ》の三四|年《ねん》を過《すご》して來《き》たのである。彼《かれ》の生活《せいくわつ》はほつかりと夜明《よあけ》の光《ひかり》を見《み》たのであつた。おつぎは此《この》時《とき》廿《はたち》の聲《こゑ》を聞《き》いて居《ゐ》たのである。

         一三

 初秋《しよしう》の風《かぜ》が吊放《つりはな》しの蚊帳《かや》の裾《すそ》をさら/\と吹《ふ》いて、疾《とう》から玉蜀黍《たうもろこし》が竈《かまど》の灰《はひ》の中《なか》でぱり/\と威勢《ゐせい》よく燃《も》える麥藁《むぎわら》の火《ひ》に燒《や》かれて、其《そ》の殼《から》がそつちにもこつちにも捨《す》てられる。畑《はたけ》の仕事《しごと》が暫時《ざんじ》極《きま》りがついて百姓《ひやくしやう》の家《いへ》には盆《ぼん》が來《き》た。其《そ》の日《ひ》も晝過迄《ひるすぎまで》仕事《しごと》をして居《ゐ》た勘次《かんじ》はそれでも慌《あわたゞ》しく庭《には》へ箒《はうき》を入《い》れて目《め》に立《た》つ草《くさ》は鎌《かま》の刄先《はさき》で掻《か》つ切《き》つた。戸《と》も障子《しやうじ》もない煤《すゝ》け切《き》つた佛壇《ぶつだん》はおつぎを使《つか》つて佛器《ぶつき》や其《その》他《た》の掃除《さうぢ》をして、賽《さい》の目《め》に刻《きざ》んだ茄子《なす》を盛《も》つた芋《いも》の葉《は》と、寂《さび》しい
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