》しては一|種《しゆ》の嫉妬《しつと》を感《かん》ぜずには居《を》られなかつた。彼《かれ》はさうして悲痛《ひつう》の感《かん》に責《せ》め訶《さいな》まれた。村落《むら》の若者《わかもの》は彼《かれ》の爲《ため》には仇敵《きうてき》である。それと同時《どうじ》に若者《わかもの》の爲《ため》には彼《かれ》は蝮蛇《まむし》の毒牙《どくが》の如《ごと》きものでなければ成《な》らぬ。其《そ》れでありながら些《さ》の威嚴《ゐげん》も勢力《せいりよく》もない彼《かれ》は凡《すべ》ての若者《わかもの》から彼《かれ》を苛立《いらだ》たしめる惡戯《いたづら》を以《もつ》て報《むく》いられた。青草《あをくさ》の中《なか》に身《み》を沒《ぼつ》して居《ゐ》る毒蛇《どくじや》に直接《ちよくせつ》手《て》を觸《ふ》れようとするものは一|人《にん》もないけれど、遠《とほ》くから土塊《どくわい》を擲《ほ》つたり、棒《ぼう》の先《さき》でつゝいたり徒《いたづ》らに怒《おこ》る牙《きば》を振《ふる》はせることは彼等《かれら》の好《この》んでする處《ところ》であつた。勘次《かんじ》の削《けづ》つたやうな痩《や》せた顏《かほ》が何時《いつ》でも僻《ひが》んでさうして怒《おこ》り易《やす》いのを彼等《かれら》は嘲笑《てうせう》の眼《まなこ》を以《もつ》て遠《とほ》くから覗《のぞ》くのである。彼等《かれら》は夜《よる》垣根《かきね》の側《そば》に立《た》つて指《ゆび》を口《くち》に啣《くは》へてぴゆう/\と劇《はげ》しく鳴《な》らして見《み》たり、戸口《とぐち》に近《ちか》く竊《ひそか》に下駄《げた》の齒《は》の趾《あと》を附《つ》けて置《お》いたり、勘次《かんじ》が眠《ねむり》に落《お》ちようとする頃《ころ》假聲《こはいろ》を使《つか》つておつぎを喚《よ》んだりした。勘次《かんじ》は其《そ》の度《たび》に心《こゝろ》が苛立《いらだ》つたけれど、霧《きり》でも捉《つか》む樣《やう》な、誰《たれ》の所爲《しよゐ》とも判明《はんめい》しない惡戯《いたづら》をどうすることも出來《でき》なかつた。然《しか》し表面《へうめん》に現《あらは》れた影響《えいきやう》の無《な》い惡戯《いたづら》は永《なが》く持續《ぢぞく》しなかつた。
 春《はる》は冬《ふゆ》に遠《とほ》くして又《また》冬《ふゆ》と相《あひ》隣《となり》し
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