れ》は苛立《いらだ》つて戸《と》を叩《たゝ》いて溝《みぞ》に復《ふく》すと其《そ》の儘《まゝ》飛《と》び出《だ》した。彼《かれ》は直《すぐ》自分《じぶん》に近《ちか》く手拭《てぬぐひ》被《かぶ》つたおつぎの姿《すがた》が徐《おもむ》ろに動《うご》いて來《く》るのを見《み》た。其《それ》と同時《どうじ》に竊《ひそか》に落《お》ち行《ゆ》く草履《ざうり》の音《おと》が勘次《かんじ》の耳《みゝ》に響《ひゞ》いた。彼《かれ》は其《それ》を耳《みゝ》に感《かん》ずる瞬間《しゆんかん》右《みぎ》の手《て》が壁際《かべぎは》の木《き》の根《ね》に掛《かゝ》つて、木《き》の根《ね》は彼《かれ》の力《ちから》一|杯《ぱい》に木陰《こかげ》の闇《やみ》に投《とう》ぜられた。木《き》の根《ね》はどさりと遠《とほ》く落《お》ちて庭《には》の土《つち》をさくつて餘勢《よせい》が幾度《いくど》かもんどりを打《う》つた。勘次《かんじ》は續《つゞ》いて擲《なげう》つた。曲者《くせもの》は既《すで》に遁《に》げ落《お》ちたけれど彼《かれ》の不意《ふい》の襲撃《しふげき》に慌《あわ》てゝ節《ふし》くれ立《だ》つた※[#「柿」の正字、第3水準1−85−57]《かき》の根《ね》に蹶《つまづ》いて倒《たふ》れた。彼《かれ》は次《つき》の日《ひ》足《あし》を引《ひき》ずらねば歩《ある》けぬ程《ほど》足首《あしくび》の關節《くわんせつ》に疼痛《とうつう》を感《かん》じたのであつた。勘次《かんじ》はぽつさりと立《た》つて居《ゐ》るおつぎを突《つ》きのめす樣《やう》に戸口《とぐち》に送《おく》つてがらりと戸《と》を閉《と》ぢて掛金《かけがね》を掛《か》けた。
其《その》夜《よ》はまだ各《おの/\》が一つ加《くは》はつた年齡《ねんれい》の數《かず》程《ほど》の熬豆《いりまめ》を噛《かじ》つて鬼《おに》をやらうた夜《よ》から、幾《いく》らも隔《へだ》たらないので、鹽鰮《しほいわし》の頭《あたま》と共《とも》に戸口《とぐち》に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さ》した柊《ひゝらぎ》の葉《は》も一向《いつかう》に乾《かわ》いた容子《やうす》の見《み》えない程《ほど》のことであつた。おつぎは十八《じふはち》というても其《そ》の年齡《とし》に達《たつ》したといふばかりで、恁《こ》んな場
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