いうて止《や》まねば成《な》らぬ。然《しか》しながら遂《つひ》に其《その》一|人《にん》が彼等《かれら》の間《あひだ》に發見《はつけん》されなかつた。彼等《かれら》の怨恨《うらみ》が凡《すべ》て勘次《かんじ》の一|身《しん》に聚《あつま》つた。それでも淡白《たんぱく》な彼等《かれら》の怨恨《うらみ》は三|人《にん》以上《いじやう》が聚《あつま》つて口《くち》を開《ひら》けば必《かなら》ず笑聲《せうせい》を絶《た》たぬ程《ほど》のものであつた。怨恨《うらみ》といふよりも焦燥《じれ》つたさであつた。おつぎの身體《からだ》には恁《か》うして事件《じけん》を惹《ひ》き起《おこ》すべき機會《きくわい》が與《あた》へられなかつた。それでも只《たつた》一人《ひとり》おつぎと手《て》を執《と》つて語《かた》ることにまで近《ちか》づき得《え》たものがあつた。勘次《かんじ》はどれ程《ほど》嚴重《げんぢう》にしてもおつぎが厠《かはや》に通《かよ》ふ時間《じかん》をさへ狹《せま》い庭《には》の夜《よ》の中《なか》へ放《はな》つことを拒《こば》むことは出來《でき》なかつた。執念深《しふねんぶか》い一|人《にん》が偶然《ぐうぜん》さういふ機會《きくわい》を發見《はつけん》した。彼《かれ》は、まだ羞恥《はぢ》と恐怖《おそれ》とが全身《ぜんしん》を支配《しはい》して居《ゐ》るおつぎを捕《とら》へて只《たゞ》凝然《ぢつ》と動《うご》かさないまでには幾度《いくたび》か手《て》を換《かへ》て苦心《くしん》した。勘次《かんじ》が戸《と》の内《うち》から呼《よ》んでも厠《かはや》の側《そば》で返辭《へんじ》をするおつぎの聲《こゑ》は最初《さいしよ》の間《あひだ》は疑念《ぎねん》を懷《いだ》かせるまでには至《いた》らなかつた。其《そ》れでも彼等《かれら》が心《こゝろ》に深《ふか》く互《たがひ》の情《じやう》を刻《きざ》むまで猜忌《さいぎ》の目《め》を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》つて居《ゐ》る勘次《かんじ》を欺《あざむ》きおほせることは出來《でき》なかつた。
或《ある》晩《ばん》勘次《かんじ》はがらつと戸《と》を開《あ》けて出《で》た。劇《はげ》しく開《あ》けた戸《と》が稍《やゝ》朽《く》ち掛《か》けた閾《しきゐ》の溝《みぞ》を外《はづ》れようとしてぎつしりと固着《こちやく》した。彼《か
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