しさに楢《なら》や雜木《ざふき》の枝《えだ》で欺《あざむ》いた手段《しゆだん》が發見《はつけん》されないのである。うしろめたい女《をんな》は默《だま》つて何《なに》よりも先《ま》づ空《から》な手桶《てをけ》を持《も》つて井戸端《ゐどばた》へ驅《か》けて行《い》つてはざあと水《みづ》を汲《く》んでそれから汁《しる》の身《み》でも切《き》れてなければ慌《あわたゞ》しくとん/\と庖丁《はうちやう》の響《ひゞき》を立《た》てゝ、少《すこ》しづゝでも母《はゝ》なるものゝ小言《こごと》から遁《のが》れようとする。狹《せま》い庭《には》の垣根《かきね》に黄色《きいろ》な蝶《てふ》が幾《いく》つも止《とま》つて頻《しき》りに羽《はね》を動《うご》かして居《ゐ》るやうに一つ/\にひらり/\と開《ひら》いては夜目《よめ》にもほつかりと匂《にほ》うて居《ゐ》る月見草《つきみさう》は自分等《じぶんら》の夜《よる》が來《き》たと、駈《か》け歩《ある》いて居《ゐ》る女《をんな》に對《たい》して懷《なつか》し相《さう》に目《め》を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》るのである。彼等《かれら》の或《ある》者《もの》は更《さら》に夜《よる》の眠《ねむ》りに就《つ》く前《まへ》に戸口《とぐち》に近《ちか》く蚊帳《かや》の裾《すそ》にくるまつては竊《ひそか》に雨戸《あまど》の外《そと》に訪《おとづ》るゝ男《をとこ》を待《ま》たうとさへするのである。男《をとこ》は雨戸《あまど》を開《あ》けて忍《しの》ぶ時《とき》月《つき》が冴《さ》え居《ゐ》てさへ躊躇《ちうちよ》せぬ。彼《かれ》はそれでも疊《た々み》の上《うへ》に射《さ》し込《こ》む光《ひかり》を厭《いと》うて廂《ひさし》に近《ちか》く筵《むしろ》を吊《つ》る。歪《ゆが》んだ戸《と》がぎし/\と鳴《な》るのにそれが彼等《かれら》の西瓜《すゐくわ》や瓜《うり》の畑《はたけ》を襲《おそ》ふ頃《ころ》であれば道端《みちばた》の草村《くさむら》から轡蟲《くつわむし》を捕《と》つて行《い》つて雨戸《あまど》の隙間《すきま》から放《はな》つ。轡蟲《くつわむし》は闇《くら》いなかへ放《はな》たれゝば、直《たゞち》に聲《こゑ》を揃《そろ》へて鳴《な》く。土地《とち》で其《そ》れが一|般《ぱん》にがしや/\といふ名稱《めいしよう》を與《あた》へられて居《ゐ》
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