臀《しり》がたはら胡頽子《ぐみ》の樣《やう》に血《ち》を吸《す》うて膨《ふく》れても、彼等《かれら》はちくりと刺戟《しげき》を與《あた》へられた時《とき》に慌《あわ》てゝはたと叩《たゝ》くのみで蚊《か》が逃《に》げようとも知《し》らぬ顏《かほ》である。暑《あつ》い日《ひ》が草《くさ》いきれで汗《あせ》びつしりに成《な》つて居《ゐ》る彼等《かれら》の身體《からだ》に時刻《じこく》が過《す》ぎたと枝《えだ》の間《あひだ》から強《つよ》い光《ひかり》を投掛《なげか》けて促《うなが》す迄《まで》は、稀《まれ》には痺《しび》れた足《あし》を投出《なげだ》して聞《き》きも聞《き》かせもしなくて善《い》い噺《はなし》を反覆《はんぷく》してのみ居《ゐ》るのである。彼等《かれら》は恁《か》うして時間《じかん》を空《むな》しく費《つひや》しては遠《とほ》く近《ちか》く蜩《ひぐらし》の聲《こゑ》が一|齊《せい》に忙《いそが》しく各自《かくじ》の耳《みゝ》を騷《さわ》がして、大《おほ》きな紗《しや》で掩《おほ》うたかと思《おも》ふ樣《やう》に薄《うす》い陰翳《かげ》が世間《せけん》を包《つゝ》むと彼等《かれら》は慌《あわ》てゝ皆《みな》家路《いへぢ》に就《つ》く。どうかして餘《あま》りに後《おく》れると空《から》な草刈籠《くさかりかご》を倒《さかしま》に脊負《せお》つて、歩《ある》けばざわ/\と鳴《な》る樣《やう》に、大《おほ》きな籠《かご》の目《め》へ楢《なら》や雜木《ざふき》の枝《えだ》を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さ》して黄昏《たそがれ》の庭《には》に身《み》を運《はこ》んで刈積《かりつ》んだ青草《あをくさ》に近《ちか》く籠《かご》を卸《おろ》す。父《ちゝ》なるものは蚊柱《かばしら》の立《たつ》てる厩《うまや》の側《そば》でぶる/\と鬣《たてがみ》を撼《ゆる》がしながら、ぱさり/\と尾《を》で臀《しり》の邊《あたり》を叩《たゝ》いて居《ゐ》る馬《うま》に秣《まぐさ》を與《あた》へて居《ゐ》る。母《はゝ》なるものは青《あを》い烟《けぶり》に滿《みち》た竈《かまど》の前《まへ》に立《た》つては裾《うづくま》りつゝ、燈火《ともしび》を點《つ》ける餘裕《よゆう》もなく我《わ》が子《こ》をぶつ/\と待《ま》つて居《ゐ》る。恁《か》うして忙《いそが》
前へ
次へ
全478ページ中183ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング