草刈《くさかり》に心《こゝろ》を注《そゝ》ぐ樣《やう》に成《な》れば、若《わか》い同志《どうし》が相《あひ》誘《さそ》うては遠《とほ》く林《はやし》の小徑《こみち》を分《わけ》て行《ゆ》く。さうして自分《じぶん》の天地《てんち》に其《その》羽《はね》を一|杯《ぱい》に擴《ひろ》げる。何處《どこ》を見《み》ても只《たゞ》深《ふか》い緑《みどり》に鎖《とざ》された林《はやし》の中《なか》に彼等《かれら》は唄《うた》ふ聲《こゑ》に依《よ》つて互《たがひ》の所在《ありか》を知《し》つたり知《し》らせたりする。彼等《かれら》のしをらしい者《もの》はそれでも午前《ごぜん》の幾時間《いくじかん》を懸命《けんめい》に働《はたら》いて父《ちゝ》なるものゝ小言《こごと》を聞《き》かぬまでに厩《うまや》の傍《そば》に草《くさ》を積《つ》んでは、午後《ごご》の幾時間《いくじかん》を勝手《かつて》に費《つひや》さうとする。一|度《ど》でもしめやかに語《かた》り合《あ》うた兩性《りやうせい》が邂逅《であ》へば彼等《かれら》は一|切《さい》を忘《わす》れて、それでも有繋《さすが》に人目《ひとめ》をのみは厭《いと》うて小徑《こみち》から一|歩《ぽ》木《き》の間《あひだ》に身《み》を避《さ》ける。繁茂《はんも》した青草《あをぐさ》が側《そば》行《ゆ》く人《ひと》にも知《し》られぬ樣《やう》に屈《かゞ》んだ彼等《かれら》を幾《いく》らでも掩《おほ》ひ隱《かく》す。彼等《かれら》は極《きま》つた何《なん》の噺《はなし》も持《も》つて居《ゐ》ないのに快《こゝろ》よく冷《つめ》たい土《つち》に坐《すわ》つて、遂《つひ》には手《て》にした鎌《かま》の刄先《はさき》で少《すこ》しづゝ土《つち》をほじくりつゝ女《をんな》は白《しろ》い手拭《てぬぐひ》の端《はし》を微動《びどう》させては俯伏《つゝぷ》しなから微笑《びせう》しながら際限《さいげん》もなく其處《そこ》に凝然《ぢつ》として居《ゐ》ようとする。熬《い》りつける樣《やう》な油蝉《あぶらぜみ》の聲《こゑ》が彼等《かれら》の心《こゝろ》を撼《ゆる》がしては鼻《はな》のつまつたやうなみん/\蝉《ぜみ》の聲《こゑ》が其《そ》の心《こゝろ》を溶《とろ》かさうとする。藪蚊《やぶか》が彼等《かれら》の日《ひ》に燒《や》けた赤《あか》い足《あし》へ針《はり》を刺《さ》して、
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