》つて、薄《うす》い宵《よひ》が地《ち》を低《ひく》く掩《おほ》うて夜《よ》が到《いた》つた時《とき》女《をんな》は井戸端《ゐどばた》で愉快《ゆくわい》に唄《うた》ひながら一|種《しゆ》の調子《てうし》を持《も》つた手《て》の動《うご》かし樣《やう》をして米《こめ》を研《と》ぐ。女《をんな》は研桶《とぎをけ》と唄《うた》との二つの聲《こゑ》が錯綜《さくそう》しつゝある間《あひだ》にも木陰《こかげ》に佇《たゝず》む男《をとこ》のけはひを悟《さと》る程《ほど》耳《みゝ》の神經《しんけい》が興奮《こうふん》して居《ゐ》る。其《そ》れが凉《すゞ》しい夏《なつ》の夜《よ》で女《をんな》が男《をとこ》を待《ま》つ時《とき》には毎日《まいにち》汗《あせ》に汚《よご》れ易《やす》いさうして其《そ》の飾《かざ》りでなければ成《な》らぬ手拭《てぬぐひ》の洗濯《せんたく》に暇《ひま》どるのである。庭《には》の木陰《こかげ》に身《み》を避《さ》けてしんみりと互《たがひ》の胸《むね》を反覆《くりかへ》す時《とき》繁茂《はんも》した※[#「柿」の正字、第3水準1−85−57]《かき》や栗《くり》の木《き》は彼等《かれら》が唯《ゆゐ》一の味方《みかた》で月夜《つきよ》でさへ深《ふか》い陰翳《かげ》が安全《あんぜん》に彼等《かれら》を包《つゝ》む。空《そら》に冴《さ》えた月《つき》は放棄《はうき》してある手水盥《てうづだらひ》を覗《のぞ》いては冷《ひやゝ》かに笑《わら》うて居《ゐ》る。彼等《かれら》が餘《あま》りに暇《ひま》どつて居《ゐ》れば月《つき》はこつそりと首《くび》を傾《かたむ》けて木《こ》の葉《は》の間《あひだ》から覗《のぞ》いて見《み》る。其《そ》れでも猶《なほ》彼等《かれら》が屈託《くつたく》して居《を》れば、彼等《かれら》を庇護《ひご》して居《ゐ》る木《き》が※[#「柿」の正字、第3水準1−85−57]《かき》の木《き》であれば梢《こずゑ》からまだ青《あを》い實《み》を投《な》げて、其《そ》の瞬間《しゆんかん》驚《おどろ》き易《やす》い彼等《かれら》が欺《あざむ》かれて、彼等《かれら》の伴侶《なかま》の惡戯《あくぎ》であるかを疑《うたが》うては慌《あわ》てゝ周圍《しうゐ》を見《み》る時《とき》、繁茂《はんも》した大《おほ》きな葉《は》が凉《すゞ》しい風《かぜ》にさや/\と微笑《びせ
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