》に工夫《くふう》が凝《こら》されるのである。
 既《すで》に漁師《れふし》の手《て》に生命《せいめい》を握《にぎ》られて居《ゐ》る蛸《たこ》は力《ちから》を極《きは》めて壺《つぼ》の内側《うちがは》に緊着《きんちやく》すれば什※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》強《つよ》い手《て》の力《ちから》が袋《ふくろ》のやうな其《そ》の頭《あたま》を持《も》つて曳《ひ》かうとも、蛇《へび》が身體《からだ》の一|部《ぶ》を穴《あな》に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]入《さうにう》したやうに拗切《ちぎれ》るまでも離《はな》れない。刄物《はもの》を以《もつ》て突《つ》つ刺《つあ》しても同《どう》一である。蛸壺《たこつぼ》の底《そこ》には必《かなら》ず小《ちひ》さな穴《あな》が穿《うが》たれてある。臀《しり》からふつと息《いき》を吹《ふ》つ掛《か》けると蛸《たこ》は驚《おどろ》いてすると壺《つぼ》から逃《に》げる。それでも猶旦《やつぱり》騙《だま》されぬ時《とき》は小《ちひ》さな穴《あな》から熱湯《ねつたう》をぽつちりと臀《しり》に注《そゝ》げば蛸《たこ》は必《かなら》ず慌《あわ》てゝ漁師《れふし》の前《まへ》に跳《をど》り出《だ》す。熱《あつ》い一|滴《てき》によつて容易《ようい》に蛸《たこ》は騙《だま》されるのである。假令《たとひ》監視《かんし》の目《め》から※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1−92−56]《のが》れて女《をんな》に接近《せつきん》したとしても、打《う》ち込《こ》んだ女《をんな》の情《じやう》が強《こは》ければ蛸壺《たこつぼ》の蛸《たこ》が騙《だま》される樣《やう》にころりと落《おと》す工夫《くふう》のつくまでは男《をとこ》は忍耐《にんたい》と寧《むし》ろ危險《きけん》とを併《あわ》せて凌《しの》がねば成《な》らぬ。さうして纔《わづか》に相《あひ》接《せつ》した兩性《りやうせい》が心《こゝろ》から相《あひ》曳《ひ》く時《とき》相《あひ》互《たがひ》に他《た》の凡《すべ》てに對《たい》して恐怖《きようふ》の念《ねん》を懷《いだ》きはじめるのである。
 空《そら》が夕日《ゆふひ》の消《き》え行《ゆ》く光《ひかり》を西《にし》の底《そこ》深《ふか》く鎖《とざ》して畢《しま
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