をして且《かつ》辛《つら》い厭《いや》なことでもいひ出《だ》されるかと案《あん》ずるやうに怖《お》づ/\いつた。
「どうしたつていふんぢやないが、此《こ》の間《あひだ》の晩《ばん》のことを知《し》つてるかね」
「何《なん》でがせうね、お内儀《かみ》さん」
「夜中《よなか》にあの蜀黍《もろこし》伐《き》らせたことだがね、實《じつ》はあの時《とき》はね、警察《けいさつ》の方《はう》が間《ま》に合《あ》はなければお前《まへ》に盜《と》らないと何處《どこ》までもいはして置《お》いて、さうして旦那《だんな》が歸《かへ》つてからのことと思《おも》つたもんだから、それにやお前《まへ》が白状《はくじよう》して畢《しま》つても困《こま》るし、自分《じぶん》の畑《はたけ》がそつくりして居《ゐ》ても不味《まづ》いからね、それも今《いま》に成《な》つちや何《なに》もそんなこと仕《し》なくつても善《よ》かつたやうなものだが、其《そ》の時《とき》は私《わたし》もどうかしてと思《おも》つてね、それだがおつぎが度胸《どきよう》のあるのぢや私《わたし》も喫驚《びつくり》したよ」内儀《かみ》さんはいつた。
「へえわしもおつうに聞《き》きあんした、鎌《かま》一|挺《ちやう》見《め》えねえもんだからどうしたつちつたら、お内儀《かみ》さんいふから伐《き》つたんだなんて、そんでも鎌《かま》は笹《さゝ》ん中《なか》に有《あ》りあんしたつけや」
「さうかい、どんな鎌《かま》だかおつぎは心配《しんぱい》して居《ゐ》たからね」
「なあにはあ、減《へ》つちやつた鎌《かま》だから惜《を》しかあねえんですがね」
「おつぎのことはそんなことでは無闇《むやみ》に怒《おこ》らないやうにしなよ、面倒《めんだう》見《み》てね」
「それからわしもお内儀《かみ》さん、恁《か》うして獨《ひとり》で辛抱《しんばう》してんでがすが、わし等《ら》嚊《かゝあ》も死《し》ぬ時《とき》にや子奴等《こめら》こたあ心配《しんぺえ》したんでがすかんね、夫《それ》からわしもおつうが行《い》きてえつちもんだからお針《はり》にも遣《や》りあんすしね、襷《たすき》なんぞも欲《ほし》い/\つちもんだからわし等《ら》見《み》てえな貧乏人《びんばふにん》にや餘計《よけい》なもんぢやありあんすが赤《あけ》えの買《か》つて遣《や》つたんでがさ、此《これ》さうだことしてお内儀
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