》いといふことにまで運《はこ》びがついた。微罪《びざい》といふので其《その》筋《すぢ》の手加減《てかげん》が出來《でき》たのである。内儀《かみ》さんは復《ま》た被害者《ひがいしや》の家《うち》へ行《い》つて其《そ》れ丈《だけ》の筋道《すぢみち》を聞《き》かせたが、どうしても今度《こんど》はうんといはない。
「どうもわし等《ら》分署《ぶんしよ》へなんぞ出《で》んな、なんぼにも厭《や》でがすかんね、屹度《きつと》怒《おこ》られんでがすからはあ」とのみいふのである。
「さうだがね、此處《ここ》まで噺《はなし》がついて居《ゐ》るんだから此方《こつち》でそれだけのことは仕《し》て呉《く》れなくつちや此《こ》れまでのことが水《みづ》の泡《あわ》なんだからね」と道理《だうり》を聞《き》かせても
「盜《と》らつた上《うへ》に恁《か》うして暇《ひま》潰《つぶ》して、おまけに分署《ぶんしよ》へ出《で》て怒《おこ》られたり何《なに》つかすんぢや、こんな詰《つま》んねえこたあ滅多《めつた》ありあんせんかんね、それに書付《かきつけ》だつてどうしてえゝんだか分《わか》んねえし」彼《かれ》は只《たゞ》嚴《いか》めしく見《み》える警察官《けいさつくわん》が恐《おそ》ろしくてどうしても足《あし》が進《すゝ》まないのである。
「そりや書付《かきつけ》なんぞは、旦那《だんな》が書《か》いて遣《や》るから心配《しんぱい》にや成《な》らないがね」内儀《かみ》さんは漸《やうや》く近所《きんじよ》の者《もの》を一人《ひとり》跟《つ》いてくやうにして遣《や》るといふことにしたので被害者《ひがいしや》も思《おも》ひ切《き》つて出《で》ることに成《な》つた。彼等《かれら》が歸《かへ》つた時《とき》は反對《あべこべ》に威勢《ゐせい》がよかつた。
「どうしたつけね」聞《き》かれて
「髭《ひげ》のかう生《は》えた部長《ぶちやう》さんだつていふ可怖《おつかね》え人《ひと》でがしたがね、盜《ぬす》まつたなんて屆《とゞ》けしてゝさうして警察《けいさつ》へ餘計《よけい》な手間《てま》掛《か》けて不埓《ふらち》な奴《やつ》だなんて呶鳴《どな》らつた時《とき》にやどうすべかと思《おも》つて、そんぢや其《そ》の書付《かきつけ》持《も》つて歸《けえ》りますべつて云《い》ふべかと思《おも》ひあんしたつけ、さうしたら暫《しばら》く書付《かきつ
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