と聞《き》いた。
「お内儀《かみ》さんいふ通《とほり》にしあんしたよ」
「其《そ》の蜀黍《もろこし》は何處《どこ》へ遣《や》つたい」
「わたしやどうしてえゝか知《し》んねえから川《かは》へ持《も》つて行《い》つて打棄《うつちや》りあんした」
「さうかい、能《よ》く行《や》つて來《き》たね、まあ上《あが》りな」内儀《かみ》さんはランプを自分《じぶん》の頭《あたま》の上《うへ》に上《あ》げて凝然《ぢつ》と首《くび》を低《ひく》くしておつぎの容子《ようす》を見《み》た。
「どうしたんだえ、おつぎはまあ、其《そ》の衣物《きもの》は」
「本當《ほんたう》にまあ」おつぎは始《はじ》めて心付《こゝろづ》いたやうで
「先刻《さつき》土手《どて》さ行《え》く時《とき》、堀《ほり》つ子《こ》ん處《とこ》へ辷《すべ》つたんですが、其《そ》ん時《とき》かうえに汚《よご》したんでせうよ」とおつぎは泥《どろ》に成《な》つた腰《こし》のあたりへ手《て》を當《あ》てた。
「お内儀《かみ》さん、わたしや飛《と》んだことを仕《し》あんした」おつぎは又《また》いつた。
「どうしたんだえ」
「わたしや、鎌《かま》何處《どこ》へ遣《や》つちやつたか分《わか》んなく仕《し》つちやつたんでさ」
「今夜《こんや》持《も》つてつたのかえ」
「さうなんでさ、わたしや蜀黍《もろこし》打棄《うつちや》つ時《とき》まで有《あ》つと思《おも》つてたら見《め》えねえんでさ、私等家《わたしらぢ》のおとつつあは道具《だうぐ》つちと酷《ひど》く怒《おこ》んですから」
「草刈鎌《くさかりがま》の一|挺《ちやう》や二|挺《ちやう》お前《まへ》どうするもんぢやない、あつちへ廻《まは》つて足《あし》でも洗《あら》つてさあ」内儀《かみ》さんの口《くち》もとには微《かす》かな笑《わら》ひが浮《うか》んだ。
 次《つぎ》の日《ひ》に漸《やうや》く主人《しゆじん》は歸《かへ》つた。巡査《じゆんさ》へ噺《はなし》をして見《み》たが其《そ》の時《とき》はもう被害者《ひがいしや》からの申報書《しんぱうしよ》が分署《ぶんしよ》へ提出《ていしゆつ》されてあつたので更《さら》に分署長《ぶんしよちやう》へ懇請《こんせい》して見《み》た。さうして被害者《ひがいしや》から事實《じじつ》が相違《さうゐ》したといふ意味《いみ》の取消《とりけし》を出《だ》せばそれで善《い
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