かと思《おも》ふやうにしつとりとして居《ゐ》ては、軈《やが》てざわ/\と鳴《な》つた。おつぎは草刈鎌《くさかりがま》でざくり/\と其《そ》の穗《ほ》を伐《き》つた。さうしてぎつと押《お》し込《こ》んで重《おも》く成《な》つた草刈籠《くさかりかご》を脊負《せお》つた。其處《そこ》らの畑《はたけ》には土《つち》が眼《め》を開《ひら》いたやうに處々《ところ/″\》ぽつり/\と秋蕎麥《あきそば》の花《はな》が白《しろ》く見《み》えて居《ゐ》る。おつぎは足速《あしばや》に臺地《だいち》の畑《はたけ》から蜀黍《もろこし》の葉《は》のざわつく小徑《こみち》を低地《ていち》の畑《はたけ》へおりて漸《やうや》くのことで鬼怒川《きぬがは》の土手《どて》へ出《で》た。おつぎは四《よ》つ偃《ばひ》に成《な》つて芝《しば》に捉《つかま》りながら登《のぼ》つた。其《そ》の時《とき》おつぎの心《こゝろ》には斜《なゝめ》に土手《どて》の中腹《ちうふく》へつけられた小徑《こみち》を見出《みいだ》して居《ゐ》る程《ほど》の餘裕《よゆう》がなかつたのである。土手《どて》の内側《うちがは》は水際《みづぎは》から篠《しの》が一|杯《ぱい》に繁茂《はんも》して夜目《よめ》にはそれがごつしやりと自分《じぶん》を壓《あつ》して見《み》える。篠《しの》の間《あひだ》から水《みづ》がしら/\と見《み》えて、篠《しの》の根《ね》を洗《あら》つて行《ゆ》く水《みづ》の響《ひゞき》がちろ/\と耳《みゝ》に近《ちか》く聞《きこ》える。おつぎは汀《みぎは》へおりようと思《おも》つて篠《しの》を分《わ》けて見《み》ると其處《そこ》は崖《がけ》に成《な》つて居《ゐ》て爪先《つまさき》から落《お》ちた小《ちひ》さな土《つち》の塊《かたまり》がぽち/\と水《みづ》に鳴《な》つた。おつぎは更《さら》に篠《しの》を分《わ》けておりようとすると、其處《そこ》も崖《がけ》で目《め》の前《まへ》にひよつこりと高瀬船《たかせぶね》の帆柱《ほばしら》が闇《やみ》を衝《つ》いて立《たつ》て居《ゐ》る。水《みづ》に近《ちか》くこそ/\と人《ひと》の噺聲《はなしごゑ》が聞《きこ》える。黄昏《たそがれ》に漸《やうや》く其處《そこ》へ繋《かゝ》つた高瀬船《たかせぶね》が、其處《そこ》らで食料《しよくれう》を求《もと》め歩《ある》いて遲《おそ》く晩餐《ばんさん
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