出《で》た。突然《とつぜん》ぱた/\とけたゝましい羽音《はおと》が直《すぐ》頭《あたま》の上《うへ》で騷《さわ》いだ。竹《たけ》の梢《こずゑ》に泊《とま》つて居《ゐ》た鳩《はと》が俄《にはか》に驚《おどろ》いて遠《とほ》く逃《に》げたのである。
「さむしかないかい」内儀《かみ》さんは垣根越《かきねご》しに聞《き》いた。
「大丈夫《だいぢやうぶ》ですよ、お内儀《かみ》さん」おつぎは少《すこ》し歩《ある》き掛《か》けていつた。
「おやもうそつちの方《はう》へ行《い》つたのかい、それぢや彼處《あすこ》を叩《たゝ》くんだよ」内儀《かみ》さんはいつて分《わか》れた。おつぎは直《すぐ》に自分《じぶん》の裏戸口《うらどぐち》に立《た》つた。そつと開《あ》けて這入《はひ》つて見《み》ると、自分《じぶん》の家《うち》ながらおつぎはひやりとした。塒《とや》の鷄《にはとり》は闇《くら》い中《なか》で凝然《ぢつ》として居《ゐ》ながらくゝうと細《ほそ》い長《なが》い妙《めう》な聲《こゑ》を出《だ》した。鼠《ねずみ》が二三|匹《びき》がた/\と騷《さわ》いで、何《なに》かで壓《おさ》へつけられたかと思《おも》ふやうにちう/\と苦《くる》しげな聲《こゑ》を立《たて》て鳴《な》いた。おつぎは手探《てさぐ》りに壁際《かべぎは》の草刈鎌《くさかりがま》を執《と》つた。又《また》そつと戸《と》を閉《た》てゝ出《で》る時《とき》頸筋《くびすぢ》の髮《かみ》の毛《け》をこそつぱい手《て》で一攫《ひとつか》みにされるやうに感《かん》じた。おつぎは外《そと》の壁際《かべぎは》の草刈籠《くさかりかご》を脊負《せお》つた。どうした機會《はずみ》であつたか此《これ》も壁際《かべぎは》に立《た》て掛《か》けた竹箒《たけばうき》が倒《たふ》れて柄《え》がかちつと草刈籠《くさかりかご》を打《う》つた。おつぎはひよつと顧《かへり》みた。
夜《よる》は闇《やみ》である。凄《すご》く冴《さ》えた空《そら》へぞつくりと立《た》つた隣《となり》の森《もり》の梢《こずゑ》にくつゝいて天《あま》の川《がは》が低《ひく》く西《にし》へ傾《かたぶ》きつゝ流《なが》れて居《ゐ》る。
暫《しばら》くしておつぎは自分等《じぶんら》の手《て》で作《つく》つた蜀黍《もろこし》の側《そば》に立《た》つた。痩《や》せた蜀黍《もろこし》は眠《ねむ》つた
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