せた。
「へえ」勘次《かんじ》は只《たゞ》首《くび》を俛《た》れて居《ゐ》る。
「どうだね」内儀《かみ》さんは反覆《くりかへ》した。
「わしがにや、とつても持《も》ち切《き》れあんせん」勘次《かんじ》は萎《しを》れて顫《ふる》へて居《ゐ》る。
「おとつゝあは何《なん》ちんだんべな」おつぎは齒痒相《はがいさう》にいつて一|聲《せい》更《さら》に
「おとつゝあ」と力《ちから》を入《い》れて
「盜《と》らねえつて云《ゆ》へよ、おとつゝあ」
 おつぎは熱心《ねつしん》に勘次《かんじ》を見《み》た。
「そんでも俺《おら》、あすこへ出《で》ちや、とつても白状《はくじやう》しねえ譯《わけ》にや行《ゆ》かねえよ」
「そんな料簡《れうけん》でなく私《わたし》は自分《じぶん》のが伐《き》つたんですつていへば、そんでいゝやうに始末《しまつ》してやるだから」内儀《かみ》さんが力《ちから》を附《つ》けて見《み》ても勘次《かんじ》は只《ただ》首《くび》を俛《た》れて居《ゐ》る。
「さう云《ゆ》へせえすりやえゝつちのになあ、おとつゝあは」おつぎは落膽《がつかり》したやうにいつた。内儀《かみ》さんとおつぎは恁《か》うして熟睡《じゆくすゐ》した身體《からだ》を直立《ちよくりつ》せしめやうと苦心《くしん》する程《ほど》の徒《むだ》な力《ちから》を盡《つく》したのであつた。
 傭人《やとひにん》もすつかり眠《ねむ》りに落《お》ちたと思《おも》ふ頃《ころ》内儀《かみ》さんとおつぎとの黒《くろ》い姿《すがた》が竊《ひそか》に裏《うら》の竹藪《たけやぶ》に動《うご》いた。落《お》ちて居《ゐ》る竹《たけ》の枝《えだ》が足《あし》の下《した》にぽち/\と折《を》れて鳴《な》つた。乾《いぬゐ》の方《はう》の垣根《かきね》の側《そば》へ來《き》た時《とき》に内儀《かみ》さんは、垣根《かきね》の土《つち》に附《つ》いた處《ところ》を力任《ちからまか》せにぼり/\と破《やぶ》つた。おつぎも兩手《りやうて》を掛《か》けて破《やぶ》つた。幾年《いくねん》となしに隙間《すきま》を生《しやう》ずれば小笹《をざさ》を繼《つ》ぎ足《た》し/\しつゝあつた竹《たけ》の垣根《かきね》は、土《つち》の處《ところ》がどす/\に朽《く》ちて居《ゐ》るので直《すぐ》に大《おほ》きな穴《あな》が明《あ》いた。おつぎは其處《そこ》から潜《くぐ》つて
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