《な》つた草《くさ》の中《なか》へ蜀黍《もろこし》の穗《ほ》は縛《しば》つた儘《まゝ》どさりと置《お》いてあつたのである。其處《そこ》にはもうそつけなくなつた女郎花《をみなへし》の莖《くき》がけろりと立《た》つて、枝《えだ》まで折《を》られた栗《くり》が低《ひく》いながらに梢《こずゑ》の方《はう》にだけは僅《わづか》に笑《ゑ》んで居《ゐ》る。其《そ》の小《ちひ》さな芝栗《しばぐり》が偶然《ひよつくり》落《お》ちてさへ驚《おどろ》いて騷《さわ》ぐだらうと思《おも》ふやうに薄弱《はくじやく》な蟋蟀《こほろぎ》がそつちこつちで微《かす》かに鳴《な》いて居《ゐ》る。一寸《ちよつと》他人《ひと》の目《め》には觸《ふ》れぬ場所《ばしよ》であつた。穗《ほ》を掩《おほ》うた其《そ》の筵《むしろ》が勘次《かんじ》の所業《しわざ》であることを的確《てきかく》に證據立《しようこだ》てゝ居《ゐ》た。
 主人《しゆじん》の内儀《かみ》さんは一|應《おう》被害者《ひがいしや》へ噺《はなし》をつけて見《み》た。被害者《ひがいしや》の家族《かぞく》は律義者《りちぎもの》で皆《みな》激《げき》し切《き》つて居《ゐ》る。七十ばかりに成《な》る被害者《ひがいしや》の老人《ぢいさん》が殊《こと》に頑固《ぐわんこ》に主張《しゆちやう》した。
「泥棒《どろぼう》なんぞする奴《やざ》あ、わし大嫌《だえきれえ》でがすから、わし等《ら》畑《はたけ》の茄子《なす》引《ひ》ん※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《もぎ》つたんだつてちやんと知《し》つちや居《ゐ》んでがすから、いや全《まつた》くでがす、お内儀《かみ》さん處《とこ》の甘藷《さつま》も盜《と》りあんしたとも、ぐうづら蔓《つる》引《ひ》つこ拔《ぬ》いて打棄《うつちや》つて、いや本當《ほんたう》でがす、わしや嘘《ちく》なんざあいふな嫌《きれえ》でがすから、其《そ》れ處《どこ》ぢやがあせんお内儀《かみ》さん、夜《よる》伐《き》つて來《き》て、朝《あさ》つぱらに成《な》つたらはあ引《ひ》つ懸《か》けたに相違《さうゐ》ねえつちんでがすから、なにわしも筵《むしろ》打《ぶ》つ掛《か》けた處《ところ》見《み》あんした、筵《むしろ》で分《わか》るから駄目《だめ》でがす、いや全《まつた》く酷《ひで》え野郎《やらう》でがすどうも」内儀《かみ》さんは其《そ》れは豫期《よき》
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