「お内儀《かみ》さん、わしも又《また》間違《まちがえ》しあんしてどうも此《こ》れお内儀《かみ》さん處《とこ》へは閾《しきゐ》が高《たか》くつて何《なん》でがすが、わし居《ゐ》なくでも成《な》つちや子奴等《こめら》仕《し》やうがあせんから、助《たす》かれるもんならわしもはあ……」と彼《かれ》はぐつたり首《くび》を俛《た》れた。
 主人《しゆじん》の内儀《かみ》さんは勘次《かんじ》が蜀黍《もろこし》を伐《き》つたことはもう知《し》つて居《ゐ》た。まだ癖《くせ》が止《や》まないかと一|度《ど》は腹《はら》を立《たて》ても見《み》たり惘《あき》れもしたりしたが、然《しか》し何處《どこ》といつて庇護《かば》つてくれるものが無《な》いので恁《か》うして來《く》るのだと、目前《もくぜん》に其《その》萎《しを》れた姿《すがた》を見《み》ると有繋《さすが》に憐《あはれ》に成《な》つて叱《しか》る處《どころ》ではなかつた。それではどうか心配《しんぱい》して見《み》てやらうといはれて勘次《かんじ》は顏《かほ》が蘇生《いきかへ》つたやうに成《な》つた。彼《かれ》は何《なん》でも主人《しゆじん》が盡力《じんりよく》して呉《く》れゝば成就《じやうじゆ》すると思《おも》つて居《ゐ》るのである。それでも自分《じぶん》の家《いへ》には居《を》られないので、どうか隱《かく》してくれと彼《かれ》は土藏《どざう》へ入《い》れて貰《もら》つた。勘次《かんじ》は其處《そこ》でも不安《ふあん》に堪《た》へないので其處《そこ》に暫《しばら》く使《つか》はずに藏《しま》つてある四|尺桶《しやくをけ》へこつそりと潜《もぐ》つて居《ゐ》た。
 巡査《じゆんさ》は午後《ごご》に申報書《しんぱうしよ》の印《いん》を取《と》りに來《き》て勘次《かんじ》の家《いへ》へ行《い》つて見《み》た。勘次《かんじ》は何處《どこ》へ行《い》つたと巡査《じゆんさ》に聞《き》かれておつぎは只《たゞ》知《し》らないといつた。さうして巡査《じゆんさ》の後姿《うしろすがた》が垣根《かきね》を出《で》た時《とき》竊《ひそか》に泣《な》いた。
 被害者《ひがいしや》は到頭《たう/\》隱匿《いんとく》した箇處《かしよ》を發見《はつけん》して巡査《じゆんさ》を導《みちび》いた。雜木林《ざふきばやし》の繁茂《はんも》した間《あひだ》の、もう硬《こは》く成
前へ 次へ
全478ページ中151ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング