な、蜀黍《もろこし》なんぞ何處《どこ》へ隱《かく》せるもんぢやねえ」
抔《など》と近《ちか》い畑同士《はたけどうし》は呶鳴《どな》り合《あ》つた。其《そ》の聲《こゑ》は被害者《ひがいしや》の耳《みゝ》にも這入《はひ》つてむか/\と激《げき》した其《そ》の心《こゝろ》に勢《いきほ》ひを附《つ》けた。
「數《かず》が分《わか》つたらもう後《あと》へ手《て》を附《つ》けてもえゝ」巡査《じゆんさ》は畑《はたけ》を去《さ》つた。
「わしも行《い》つて見《み》あんせう、自分《じぶん》の畑《はたけ》のがは一目《ひとめ》見《み》りや分《わか》りあんすから」恁《か》ういつて被害者《ひがいしや》は蜀黍《もろこし》の穗《ほ》を二三|本《ぼん》持《も》つて村落《むら》へ戻《もど》つた。巡査《じゆんさ》は其處《そこ》ら此處《ここ》らと二三|軒《げん》見《み》て歩《ある》いて勘次《かんじ》の庭《には》へ立《た》つた。それは勘次《かんじ》は二三の者《もの》と共《とも》に巡査《じゆんさ》の注意人物《ちういじんぶつ》であつたからである。然《しか》し彼《かれ》の貧《まづ》しい建物《たてもの》の何處《どこ》にも隱匿《いんとく》される餘地《よち》を發見《はつけん》することが出來《でき》なかつた。其《そ》の時《とき》は勘次《かんじ》が餘所《よそ》へ運《はこ》んだ後《あと》なのである。巡査《じゆんさ》は檐《のき》に渡《わた》した竹《たけ》の棒《ぼう》を見《み》て
「此《こ》りやどうするんだい」と聞《き》いた。被害者《ひがいしや》は先刻《さつき》から雨垂《あまだれ》の水《みづ》で土《つち》の窪《くぼ》んだあたりを見《み》て居《ゐ》たが
「はてな」と首《くび》を傾《かたぶ》けて
「蜀黍粒《もろこしつぶ》落《おつこ》つてあんすぞ、さうすつと此處《ここ》へ引《ひ》つ懸《か》けたの又《また》何處《どこ》へか持《も》つてつちやつたな」被害者《ひがいしや》はいつた。巡査《じゆんさ》は首肯《うなづ》いた。
「此《こ》の粒《つぶ》でがすから、わしがに相違《さうゐ》ありあんせん、彼等《あつら》がな此《こ》んなに出來《でき》つこねえんですから、それ證據《しようこ》にや屹度《きつと》自分《じぶん》の畑《はたけ》のがな一《ひと》つ穗《ぽ》でも伐《と》つちやねえから見《み》さつせ、わしが此《こ》んでも〆粕《しめかす》入《せ》えて作《つく
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