《おと》とお袋《ふくろ》の唄《うた》ふ聲《こゑ》とがいつとはなしに誘《さそ》つたのであつたかも知《し》れぬ。首《くび》は寧《むし》ろ倒《さかさま》に垂《た》れて額《ひたひ》がいつでも暑《あつ》い日《ひ》に照《て》られて汗《あせ》ばんで居《ゐ》た。百姓《ひやくしやう》は皆《みな》此《こ》の見窄《みすぼら》しい女《をんな》を顧《かへり》みなかつた。村落《むら》から村落《むら》へ野《の》を渡《わた》る時《とき》女《をんな》の姿《すがた》は人目《ひとめ》を惹《ひ》くべき要點《えうてん》が一つも備《そな》はつて居《ゐ》なかつた。然《しか》しいつの間《ま》にか人《ひと》が遠《とほ》くより見《み》るやうに成《な》つた。行《ゆ》き違《ちが》ふ女房等《にようばうら》は額《ひたひ》に照《て》ら[#「ら」に「ママ」の注記]れて眠《ねむ》つて居《ゐ》る子《こ》を見《み》て痛々敷《いた/\しい》と思《おも》ふのであつた。女《をんな》は唄《うた》はなくても太皷《たいこ》の音《ね》が村落《むら》の子《こ》を遠《とほ》くから誘《さそ》ふのに氣《き》の乘《の》らぬ唄《うた》ひやうをして只《たゞ》其《そ》の一|句《く》を反覆《くりかへす》のである。女《をんな》は背中《せなか》の子《こ》が眠《ねむ》つて居《ゐ》るのを悦《よろこ》んで其《そ》の子《こ》が什※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》姿《なり》であるかは心付《こゝろづ》かない。只《たゞ》小《ちひ》さな銅貨《どうくわ》を持《も》つて走《はし》つて來《く》る村落《むら》の子《こ》を待《ま》ちつゝ誘《さそ》ひつゝ歩《ある》くのである。女《をんな》は何處《どこ》から出《で》てどう行《ゆ》くといふことも忙《せは》しく只《たゞ》田畑《たはた》に勞働《らうどう》して居《ゐ》る百姓《ひやくしやう》の間《あひだ》には知《し》られなかつた。毎日《まいにち》さうして歩《ある》いて居《ゐ》た女《をんな》が知《し》りたがり聞《き》きたがる女房等《にようばうら》の間《あひだ》に、各自《てんで》に口喧《くちやかま》しい陰占《かげうらなひ》を逞《たくま》しくされると間《ま》もなく、或《ある》日《ひ》村外《むらはず》れの青葉《あをば》の中《なか》へ太皷《たいこ》の音《おと》と唄《うた》の聲《こゑ》とが遠《とほ》く微《かす》かに沒《
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