女《をんな》の姿《すがた》が殖《ふ》えるのである。彼等《かれら》は少時《しばし》の休憩《きうけい》にも必《かなら》ず刈《か》り倒《たふ》した麥《むぎ》を臀《しり》に敷《し》いて其《そ》の白《しろ》い卯木《うつぎ》の下《した》に僅《わづか》でも日《ひ》を避《さ》ける。
 到底《たうてい》彼等《かれら》の白《しろ》い菅笠《すげがさ》と赤《あか》い帶《おび》とは廣《ひろ》い野《の》を飾《かざ》る大輪《たいりん》の花《はな》でなければならぬ。其《そ》の一《ひと》つの要件《えうけん》がおつぎには缺《か》けて居《ゐ》た。
 暑《あつ》い氣候《きこう》は百姓《ひやくしやう》の凡《すべ》てを其《その》狹苦《せまくるし》い住居《すまゐ》から遠《とほ》く野《の》に誘《さそ》うて、相互《さうご》に其《その》青春《せいしゆん》のつやゝかな俤《おもかげ》に憧憬《あこがれ》しめるのに、さうして刺《とげ》の生《は》えた野茨《のばら》さへ白《しろ》い衣《ころも》を飾《かざ》つて快《こゝろ》よいひた/\と抱《だ》き合《あふ》ては互《たがひ》に首肯《うなづ》きながら竭《つ》きない思《おもひ》を私語《さゝや》いて居《ゐ》るのに、おつぎは嘗《かつ》て青年《せいねん》との間《あひだ》に一|語《ご》を交《まじ》へることさへ其《その》權能《けんのう》を抑《おさ》へられて居《ゐ》た。孰《いづ》れにしてもおつぎの心《こゝろ》には有繋《さすが》に微《かす》かな不足《ふそく》を感《かん》ずるのであつた。勘次《かんじ》は洗《あら》ひ曝《ざら》しの襦袢《じゆばん》を褌《ふんどし》一つの裸《はだか》へ引《ひ》つ掛《かけ》て、船頭《せんどう》が被《かぶ》るやうな藺草《ゐぐさ》の編笠《あみがさ》へ麻《あさ》の紐《ひも》を附《つ》けて居《ゐ》る。
 勘次《かんじ》に導《みちび》かれておつぎは仕事《しごと》が著《いちじ》るしく上手《じやうず》になつた。おつぎが畑《はたけ》へ往來《わうらい》する時《とき》は村《むら》の女房等《にようばうら》は能《よ》くいつた。
「何《なん》ちう、おつかさまに似《に》て來《き》たこつたかな、歩《ある》きつきまでそつくりだ」
「雀斑《そばかす》がぽち/\してつ處《とこ》までなあ」お品《しな》には目《め》と鼻《はな》のあたりに雀斑《そばかす》が少《すこ》しあつたのである。おつぎにも其《そ》れがその儘《まゝ》
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