りよく》は動《うご》いて止《や》まぬ如《ごと》く、おつぎの心《こゝろ》は外部《ぐわいぶ》から加《くは》へる監督《かんとく》の手《て》を以《もつ》て奪《うば》ひ去《さ》ることは出來《でき》ない。
 おつぎは勘次《かんじ》の後《あと》へ跟《つ》いて畑《はたけ》へ往來《わうらい》する途上《とじやう》で紺《こん》の仕事衣《しごとぎ》に身《み》を堅《かた》めた村《むら》の青年《せいねん》に逢《あ》ふ時《とき》には有繋《さすが》に心《こゝろ》は惹《ひ》かされた。肩《かた》にした鍬《くは》の柄《え》へおつぎは兩手《りやうて》を掛《か》けて居《ゐ》る。其《その》握《にぎ》つた手《て》に頬《ほゝ》を持《も》たせるやうにして、おつぎは幾《いく》らか首《くび》を傾《かたむ》けつゝ手拭《てぬぐひ》の下《した》から黒《くろ》い瞳《ひとみ》で青年《せいねん》を見《み》るのであつた。勘次《かんじ》は後《あと》から跟《つ》いて來《く》るおつぎの態度《たいど》まで知《し》ることは出來《でき》なかつた。おつぎは數次《しば/\》さうして村《むら》の青年《せいねん》を見《み》た。然《しか》し一|語《ご》も交換《かうくわん》する機會《きくわい》を有《も》たなかつた。おつぎはどうといふこともなく寧《むし》ろ殆《ほとん》ど無意識《むいしき》に行《ゆ》き交《か》ふ青年《せいねん》を見《み》るのであつたが、手拭《てぬぐひ》の下《した》に光《ひか》る暖《あたゝ》かい二《ふた》つの瞳《ひとみ》には情《じやう》を含《ふく》んで居《ゐ》ることが青年等《せいねんら》の目《め》にも微妙《びめう》に感應《かんおう》した。恁《か》うしておつぎもいつか口《くち》の端《は》に上《のば》つたのである。それでも到底《たうてい》青年《せいねん》がおつぎと相《あひ》接《せつ》するのは勘次《かんじ》の監督《かんとく》の下《もと》に白晝《はくちう》往來《わうらい》で一|瞥《べつ》して行《ゆ》き違《ちが》ふ其《その》瞬間《しゆんかん》に限《かぎ》られて居《ゐ》た。それ故《ゆゑ》一|般《ぱん》の子女《しぢよ》のやうではなくおつぎの心《こゝろ》にも男《をとこ》に對《たい》する恐怖《きようふ》の幕《まく》を無理《むり》に引拂《ひきはら》はれる機會《きくわい》が嘗《かつ》て一度《ひとたび》も與《あた》へられなかつた。おつぎは往來《わうらい》を行《ゆ》くとて
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