あきら》かに形《かたち》を成《な》して居《ゐ》るのである。空《そら》からは暖《あたゝ》かい日光《につくわう》が招《まね》いて土《つち》からは長《なが》い手《て》がずん/\とさし扛《あ》げては更《さら》に長《なが》くさし扛《あ》げるので其《そ》の派手《はで》な花《はな》が麥《むぎ》や小麥《こむぎ》の穗《ほ》にも沒却《ぼつきやく》されることなく廣《ひろ》い野《の》を占《し》めるのである。おつぎも其《そ》の心部《しんぶ》に見《み》える蕾《つぼみ》であつた。然《しか》し其《その》蕾《つぼみ》はさし扛《あ》げられないのみではなく壓《おさ》へる手《て》の強《つよ》い力《ちから》が加《くは》へられてある。勘次《かんじ》は寸時《すんじ》もおつぎを自分《じぶん》の側《そば》から放《はな》すまいとして居《ゐ》る。隨《したが》つて空《そら》の日光《につくわう》が招《まね》くやうに女《をんな》の心《こゝろ》を促《うなが》すべき村《むら》の青年《せいねん》との間《あひだ》にはおつぎは何《なん》の關係《くわんけい》も繋《つな》がれなかつた。おつぎが十七といふ年齡《とし》を聞《き》いて孰《いづ》れも今更《いまさら》のやうに其《そ》の注意《ちうい》を惹起《ひきおこ》したのである。冬《ふゆ》の季節《きせつ》に埃《ほこり》を捲《ま》いて來《く》る西風《にしかぜ》は先《ま》づ何處《どこ》よりもおつぎの家《いへ》の雨戸《あまど》を今日《けふ》も來《き》たぞと叩《たゝ》く。それは村《むら》の西端《せいたん》に在《あ》るからである。位置《ゐち》がさういふ逐《お》ひやられたやうな形《かたち》に成《な》つて居《ゐ》る上《うへ》に、生活《せいくわつ》の状態《じやうたい》から自然《しぜん》に或《ある》程度《ていど》までは注意《ちうい》の目《め》から逸《そ》れて日陰《ひかげ》に居《ゐ》ると等《ひと》しいものがあつたのである。勘次《かんじ》の監督《かんとく》の手《て》は蕾《つぼみ》の成長《せいちやう》を止《とゞ》める冷《ひやゝ》かな空氣《くうき》で、さうして之《これ》を覗《ねら》ふものを防遏《ばうあつ》する堅固《けんご》な牆壁《しやうへき》である。然《しか》し春《はる》の季節《きせつ》を地上《ちじやう》の草木《さうもく》が知《し》つた時、どれ程《ほど》白《しろ》く霜《しも》が結《むす》んでも草木《さうもく》の活力《くわつ
前へ
次へ
全478ページ中127ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング