入《せえ》たら佳味《うま》かつぺな」獨語《ひとりごと》のやうにいつた。
「煮《に》てくろうよう」與吉《よきち》はそれを聞《き》いて又《また》せがんでおつぎへ飛《と》びついて、被《かぶ》つて居《ゐ》る手拭《てぬぐひ》を引《ひ》つ張《ぱ》つた。おつぎは
「おゝ痛《いて》えまあ」と顏《かほ》を蹙《しか》めて引《ひ》かれる儘《まゝ》に首《くび》を傾《かたぶ》けていつた。亂《みだ》れた髮《かみ》の三筋《みすぢ》四筋《よすぢ》が手拭《てぬぐひ》と共《とも》に強《つよ》く引《ひ》かれたのである。
「其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》もの鹽《しほ》でゞも茹《ゆで》てやれ」勘次《かんじ》は俄《にはか》に呶鳴《どな》つた。
「砂糖《さたう》だなんて、默《だま》つてれば知《し》らねえでるもの、泣《な》かれたらどうすんだ、砂糖《さたう》だの醤油《しやうゆ》だのつてそんなことしたつ位《くれえ》なんぼ損《そん》だか知《し》れやしねえ、おとつゝあ等《ら》そんな錢《ぜね》なんざ一錢《ひやく》だつて持《も》つてねえから、鹽《しほ》だつて容易《ようい》なもんぢやねえや、そんな餘計《よけい》なもの何《なん》になるもんぢやねえ」勘次《かんじ》は反覆《くりかへ》して叱《しか》つた。與吉《よきち》はおつぎの陰《かげ》へ廻《まは》つて抱《だ》きついた。
「どうしたもんだんべまあ、ぢつき怒《おこ》んだから」おつぎは小言《こごと》を聞《き》いて呟《つぶや》いた。
「そんだつて、おとつゝあ等《ら》そんな處《とこ》ぢやねえから」勘次《かんじ》はがつかり聲《こゑ》を落《おと》していつた。さうして沈默《ちんもく》した。
おつぎもお品《しな》が死《し》んでから苦《くる》しい生活《せいくわつ》の間《あひだ》に二たび春《はる》を迎《むか》へた。おつぎは餘儀《よぎ》なくされつゝ生活《せいくわつ》の壓迫《あつぱく》に對《たい》する抵抗力《ていかうりよく》を促進《そくしん》した。餘所《よそ》の女《をんな》の子《こ》のやうに長閑《のどか》な春《はる》は知《し》られないでおつぎは生理上《せいりじやう》にも著《いちじ》るしい變化《へんくわ》を遂《と》げた。お品《しな》が死《し》んだ時《とき》はおつぎはまだ落葉《おちば》を燻《く》べるとては竹《たけ》の火箸《ひばし》の先《さき》を直《す
前へ
次へ
全478ページ中125ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング