さうするとみんなが遁《に》げるやうに岸《きし》へ上《あが》つて指《ゆび》を出《だ》して其《そ》の先《さき》を屈曲《くつきよく》させながら騷《さわ》ぐ。小《ちひ》さな子供《こども》は笊《ざる》を手《て》にした儘《まゝ》目《め》には手《て》も當《あて》ずに聲《こゑ》を放《はな》つて泣《な》く。與吉《よきち》は恁《か》うして能《よ》く泣《な》かされた。彼《かれ》には寸毫《すこし》も父兄《ふけい》の力《ちから》が被《かうぶ》つて居《ゐ》ない。頑是《ぐわんぜ》ない子供《こども》の間《あひだ》にも家族《かぞく》の力《ちから》は非常《ひじやう》な勢《いきほ》ひを示《しめ》して居《ゐ》る。其《その》家族《かぞく》が一|般《ぱん》から輕侮《けいぶ》の眼《め》を以《もつ》て見《み》られて居《ゐ》るやうに、子供《こども》の間《あひだ》にも亦《また》小《ちひ》さい與吉《よきち》は侮《あなど》られて居《ゐ》た。それでも與吉《よきち》は歸《かへ》りには小笊《こざる》の底《そこ》に鰌《どぜう》があるので悦《よろこ》んで居《ゐ》た。泣《な》いた當座《たうざ》は萎《しを》れても彼《かれ》は直《すぐ》に機嫌《きげん》が出《で》て、其《その》僅《わづか》な獲物《えもの》の笊《ざる》を誇《ほこ》つておつぎの側《そば》に來《く》る時《とき》は何時《いつ》もの甘《あま》えた與吉《よきち》である。彼《かれ》は何處《どこ》へでもべたりと坐《すわ》るので臀《しり》を丸出《まるだ》しに※[#「塞」の「土」に代えて「衣」、第3水準1−91−84]《かか》げてやつても衣物《きもの》は泥《どろ》だらけにした。それで叱《しか》られても泥《どろ》の乾《かわ》いた其《その》臀《しり》を叩《たゝ》かれても、おつぎにされるのは彼《かれ》にはちつとも怖《おそ》ろしくなかつた。彼《かれ》は小言《こごと》は耳《みゝ》へも入《い》れないで「※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、114−8]《ねえ》よう見《み》ろよう」と小笊《こざる》を枉《ま》げてはちよこ/\と跳《は》ねるやうにして小刻《こきざ》みに足《あし》を動《うご》かしながらおつぎの譽《ほ》める詞《ことば》を促《うなが》して止《や》まない。
 彼《かれ》は餘《あま》りに悦《よろこ》んで騷《さわ》いでひよつとすると危《あぶな》い手《て》もとで鰌《どぜう》を庭
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