うご》かしては落付《おちつ》く。他《た》の鰌《どぜう》が又《また》入《い》れられる時《とき》先刻《さつき》の鰌《どぜう》が一つに騷《さわ》いでは落付《おちつ》く。彼等《かれら》は斯《か》うして其《その》小《ちひ》さな穴《あな》を求《もと》めて田《た》から田《た》へ移《うつ》つて歩《ある》く。土地《とち》ではそれを目掘《めぼ》りというて居《ゐ》る。與吉《よきち》には幾《いく》ら泥《どろ》になつても鰌《どぜう》は捕《と》れなかつた。仲間《なかま》の大《おほ》きな子《こ》はそれでも一|匹《ぴき》位《ぐらゐ》づつ與吉《よきち》の笊《ざる》にも入《い》れて遣《や》るのであつた。それで彼《かれ》は後《おく》れながらも他《た》の子供《こども》に跟《つ》いて歩《ある》かずには居《を》られなかつたのである。
 堀《ほり》には動《うご》かない水《みづ》が空《そら》を映《うつ》して湛《たゝ》へて居《ゐ》る處《ところ》がある。さうかと思《おも》へば或《あるひ》は水《みづ》は一|滴《てき》もなくて泥《どろ》の上《うへ》を筋《すぢ》のやうに流《なが》れた砂《すな》の趾《あと》がちら/\と春《はる》の日《ひ》を僅《わづか》に反射《はんしや》して居《ゐ》る處《ところ》がある。子供等《こどもら》は疎《まば》らな枯蘆《かれあし》の邊《ほとり》からおりて其處《そこ》にも目掘《めぼ》りを試《こゝろ》みる。大《おほ》きな子供《こども》は大事《だいじ》な笊《ざる》をそつと持《もつ》ておりる。小《ちひ》さな子供《こども》は堀《ほり》へおりながら笊《ざる》を傾《かたぶ》けて鰌《どぜう》を滾《こぼ》すことがある。大《おほ》きな子供《こども》はそれつといつて惡戯《いたづら》に其《それ》を捕《とら》うとする。子供等《こどもら》は順次《じゆんじ》に皆《みな》それに傚《なら》はうとする。さうすると小《ちひ》さな小供《こども》は唯《たゞ》火《ひ》の點《つ》いたやうに泣《な》く。それと同時《どうじ》に鰌《どぜう》が小《ちひ》さな子供《こども》の笊《ざる》に返《かへ》されて子供《こども》は其《その》鰌《どぜう》を覗《のぞ》くと共《とも》に其《そ》の泣《な》く聲《こゑ》がはたと止《とま》つて畢《しま》ふのである。堀《ほり》の粘《ねば》ついた泥《どろ》はうつかりすると小《ちひ》さな足《あし》を吸《す》ひ附《つ》けて放《はな》さない。
前へ 次へ
全478ページ中121ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング