以來《いらい》愼《つゝし》めるか、此《こ》の次《つぎ》にこんなことが有《あ》つたら枯枝《かれえだ》一つでも赦《ゆる》さないからな、今日《けふ》はまあ此《こ》れで歸《かへ》れ、其《そ》の櫟《くぬぎ》の根《ね》は此處《こゝ》へ置《お》いて行《ゆ》くんだぞ」勘次《かんじ》は草刈籠《くさかりかご》を卸《おろ》さうとした。
「そんなもの此《こ》の庭《には》へ置《お》けといふんぢやないんだ、置《お》く處《ところ》は知《し》つてるんだろう、解《わか》らない奴《やつ》だな、それうつかりしないで足下《あしもと》を氣《き》をつけるんだ」巡査《じゆんさ》は叱《しか》つた。勘次《かんじ》はそつと土《つち》を踏《ふ》んで庭《には》を出《で》た。
 門《もん》の外《そと》にはおつぎが與吉《よきち》を連《つ》れて歔欷《すゝりなき》して居《ゐ》る。與吉《よきち》はおつぎの泣《な》くのを見《み》て自分《じぶん》も聲《こゑ》を放《はな》つ。おつぎは聲《こゑ》の洩《も》れぬやうに袂《たもと》でそれを掩《おほ》うて居《ゐ》る。
「よき泣《な》かねえで歸《け》えれ」勘次《かんじ》は與吉《よきち》の手《て》を執《と》つた。三|人《にん》は默《だま》つて歩《ある》いた。傭人等《やとひにんら》は笑《わら》つて勘次《かんじ》の容子《ようす》を見《み》て居《ゐ》た。
「おとつゝあ、どうしたつけ」おつぎは家《うち》に歸《かへ》ると共《とも》に聞《き》いた。
「そんでもまあ大丈夫《だいぢやうぶ》になつた、櫟《くぬぎ》根《ね》つ子《こ》なくつて助《たす》かつた」勘次《かんじ》はげつそりと力《ちから》なくいつた。
「俺《お》ら昨日《きにやう》は重《おも》たくつて酷《ひど》かつたつけぞ、其《そ》の所爲《せゐ》か今日《けふ》は肩《かた》痛《いて》えや」おつぎは悦《よろこ》ばしげにいつた。
「俺《おら》こゝで居《ゐ》なくなつちや汝等《わツら》も大變《たえへん》だつけな」勘次《かんじ》は間《あひだ》を暫《しばら》く措《お》いてぽさ/\としていつた。
 此《こ》の事《こと》があつてからも勘次《かんじ》の姿《すがた》は直《すぐ》に唐鍬《たうぐは》持《も》つて林《はやし》の中《なか》に見出《みいだ》された。
 五六|日《にち》經《た》つて勘次《かんじ》は針立《はりだて》と針箱《はりばこ》とを買《か》つて來《き》た。
「おつう、汝《われ》も
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