常《いじやう》な勞働《らうどう》の爲《ため》に費《つひや》す其《そ》の食料《しよくれう》を除《のぞ》いては幾《いく》らもなかつたのである。
彼《かれ》は主人《しゆじん》の開墾地《かいこんち》が春《はる》一|杯《ぱい》の仕事《しごと》には十|分《ぶん》であることを悦《よろこ》んだ。錢《ぜに》の外《ほか》に彼《かれ》は米《こめ》と麥《むぎ》との報酬《ほうしう》を受《う》けることにした。おつぎは別《べつ》に仕事《しごと》といつてはなかつたが彼《かれ》はおつぎを一人《ひとり》では家《うち》に置《お》かなかつた。與吉《よきち》を連《つ》れておつぎは開墾地《かいこんち》へ行《い》つて居《ゐ》た。勘次《かんじ》が其《そ》の鍛錬《たんれん》した筋力《きんりよく》を奮《ふる》つて居《ゐ》る間《ま》におつぎはそこらの林《はやし》から雀枝《すゞめえだ》を採《と》つて小《ちひ》さな麁朶《そだ》を作《つく》つて居《ゐ》る。小《ちひ》さな枝《えだ》は土地《とち》では雀枝《すゞめえだ》といはれて居《ゐ》る。枯《かれ》た雀枝《すゞめえだ》を採《と》ることは何處《どこ》の林《はやし》でも持主《もちぬし》が八釜敷《やかましく》いはなかつた。
勘次《かんじ》は雨《あめ》でも降《ふ》らねば毎日《まいにち》必《かなら》ず唐鍬《たうぐは》を擔《かつ》いで出《で》た。或《ある》日《ひ》彼《かれ》は木《き》の株《かぶ》へ唐鍬《たうぐは》を強《つよ》く打込《うちこ》んでぐつとこじ扛《あ》げようとした時《とき》鍛《きた》へのいゝ刃《は》と白橿《しらかし》の柄《え》とは強《つよ》かつたのでどうもなかつたが、鐵《てつ》の楔《くさび》で柄《え》の先《さき》を締《し》めた其《そ》の唐鍬《たうぐは》の四|角《かく》な穴《あな》の處《ところ》が俄《にはか》に緩《ゆる》んだ。其處《そこ》はひつといはれて居《ゐ》る。ひつに大《おほ》きな罅《ひゞ》が入《い》つたのである。柄《え》がやがてがた/\に動《うご》いた。
「えゝ、箆棒《べらぼう》、一日《いちんち》の手間《てま》鍛冶屋《かぢや》へ打《ぶ》つ込《こ》んちあなくつちやなんねえ」彼《かれ》は呟《つぶや》いた。
次《つぎ》の朝《あさ》彼《かれ》は未明《みめい》に鍛冶《かぢ》へ走《はし》つた。
「わし行《い》つて來《き》あんすから、此等《こつら》こと見《み》てゝおくんなせえ」おつぎ
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