ひやくしやう》は皆《みな》自分《じぶん》の手足《てあし》に不足《ふそく》を感《かん》ずる程《ほど》忙《いそが》しくなる。勘次《かんじ》は一|意《い》只《たゞ》仕事《しごと》の手後《ておく》れになるのを怖《おそ》れた。草臥《くたび》れても疲《つか》れても彼《かれ》は毎日《まいにち》未明《みめい》に起《お》きて夜《よ》まで其《そ》の手足《てあし》を動《うご》かして止《や》まぬ。おつぎも其《そ》の後《あと》に跟《つ》いて草臥《くたび》れた身體《からだ》を引《ひ》きずられた。晩餐《ゆふめし》の支度《したく》に與吉《よきち》を負《お》うて先《さき》へ歸《かへ》るのがおつぎにはせめてもの骨休《ほねやす》めであつた。
 勘次《かんじ》は麥《むぎ》の間《あひだ》へ大豆《だいづ》を蒔《ま》いた。畦間《うねま》へ淺《あさ》く堀《ほり》のやうな凹《くぼ》みを拵《こしら》へてそこへぽろ/\と種《たね》を落《おと》して行《ゆ》く。勘次《かんじ》はぐい/\と畦間《うねま》を掘《ほ》つて行《ゆ》く。後《あと》からおつぎが種《たね》を落《おと》した。おつぎのまだ短《みじか》い身體《からだ》は麥《むぎ》の出揃《でそろ》つた白《しろ》い穗《ほ》から僅《わづか》に其《そ》の被《かぶ》つた手拭《てぬぐひ》と肩《かた》とが表《あら》はれて居《ゐ》る。與吉《よきち》は道《みち》の側《はた》の薦《こも》の上《うへ》に大人《おとな》しくして居《ゐ》る。おつぎの白《しろ》い手拭《てぬぐひ》が段々《だん/\》麥《むぎ》の穗《ほ》に隱《かく》れると與吉《よきち》は姉《ねえ》ようと喚《よ》ぶ。おつぎはおういと返辭《へんじ》をする。おつぎの聲《こゑ》が聞《きこ》えると與吉《よきち》は凝然《ぢつ》として居《ゐ》る。勘次《かんじ》は畦間《うねま》を作《つく》りあげてそれから自分《じぶん》も忙《いそが》しく大豆《だいづ》を落《おと》し初《はじ》めた。勘次《かんじ》は間懶《まだる》つこいおつぎの手《て》もとを見《み》て其《そ》の畝《うね》をひよつと覗《のぞ》いた。種《たね》と種《たね》との間隔《かんかく》が不平均《ふへいきん》で四|粒《つぶ》も五|粒《つぶ》も一つに落《お》ちてる處《ところ》があつた。
「此《こ》のざまはどうしたんだ、こんなこつて生計《くらし》が出來《でき》つか」と呶鳴《どな》りながら彼《かれ》は突然《とつぜん》お
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