居《え》れば汝《われ》ことも奉公《ほうこう》に出《だ》して、おとつゝあ等《ら》もえゝ錢《ぜね》捉《つか》めえんだが、おつかゞ無《な》くなつておとつゝあだつて困《こま》つてんだ、それから汝《われ》だつて奉公《ほうこう》に行《い》つた積《つもり》で辛抱《しんばう》するもんだ、なあ、俺《お》ら汝等《わツら》げみじめ見《み》せてえこたあ有《あ》りやしねんだから」
 勘次《かんじ》はしみ/″\と反覆《くりかへ》した。
 勘次《かんじ》はおつぎに身體《からだ》不相應《ふさうおう》な仕事《しごと》をさせて居《ゐ》ることを知《し》つて居《ゐ》る。それで自分《じぶん》が朝《あさ》は屹度《きつと》先《さき》へ起《お》きて竈《かまど》の下《した》へ火《ひ》を點《つ》ける。其《そ》の時《とき》疲《つか》れた少女《せうぢよ》はまだぐつたりと正體《しやうたい》もなく枕《まくら》からこけて居《ゐ》る。白《しろ》い蒸氣《ゆげ》が釜《かま》の蓋《ふた》から勢《いきほ》ひよく洩《も》れてやがて火《ひ》が引《ひ》かれてからおつぎは起《おこ》される。帯《おび》を締《しめ》た儘《まゝ》横《よこ》になつたおつぎは容易《ようい》に開《あ》かない目《め》をこすつて井戸端《ゐどばた》へ行《ゆ》く。蓬々《ぼう/\》と解《と》けた髮《かみ》へ櫛《くし》を入《い》れて冷《つめ》たい水《みづ》へ手《て》を入《い》れた時《とき》おつぎは漸《やうや》く蘇生《いきかへ》つたやうになる。それでも目《め》はまだ赤《あか》くて態度《たいど》がふら/\と懶相《だるさう》である。
「さあ、飯《おまんま》出來《でき》たぞ」勘次《かんじ》は釜《かま》から茶碗《ちやわん》へ飯《めし》を移《うつ》す。さうして自分《じぶん》で農具《のうぐ》を執《と》つておつぎへ持《も》たせてそれからさつさと連《つ》れ出《だ》すのである。
 籾種《もみだね》がぽつちりと水《みづ》を突《つ》き上《あ》げて萌《も》え出《だ》すと漸《やうや》く強《つよ》くなつた日光《につくわう》に緑《みどり》深《ふか》くなつた嫩葉《わかば》がぐつたりとする。軟《やはら》かな風《かぜ》が凉《すゞ》しく吹《ふ》いて松《まつ》の花粉《くわふん》が埃《ほこり》のやうに濕《しめ》つた土《つち》を掩《おほ》うて、小麥《こむぎ》の穗《ほ》にもびつしりと黴《かび》のやうな花《はな》が附《つ》いた。百姓《
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