」勘次《かんじ》は抑制《よくせい》した或《ある》物《もの》が激發《げきはつ》したやうに直《すぐ》に打消《うちけ》した。
 勘次《かんじ》は家《いへ》に戻《もど》ると飯臺《はんだい》の底《そこ》にくつゝいて居《ゐ》る飯《めし》の中《なか》から米粒《こめつぶ》ばかり拾《ひろ》ひ出《だ》してそれを煙草《たばこ》の吸殼《すひがら》と煉合《ねりあは》せた。さうして針《はり》の先《さき》でおつぎの湯《ゆ》から出《で》たばかりで軟《やはら》かく成《な》つた手《て》の肉刺《まめ》をついて汁液《みづ》を出《だ》して其處《そこ》へそれを貼《は》つて遣《や》つた。
「しく/\すんな」おつぎは貼《は》つた箇所《かしよ》を見《み》ていつた。
「液汁《みづ》出《だ》したばかりにやちつた痛《えて》えとも、その代《けえし》すぐ癒《なほ》つから」勘次《かんじ》はおつぎを凝然《ぢつ》と見《み》てそれからもう鼾《いびき》をかいて居《ゐ》る與吉《よきち》を見《み》た。
「肉刺《まめ》なんぞ出《で》たらば出《で》たつておとつゝあげいふもんだ、他人《ひと》のげなんぞ見《み》せたりなにつかするもんぢやねえ、汝等《わツら》なんにも知《し》らねえから仕《し》やうねえ、田耕《たうね》え始《はじ》まりにやおとつゝあ等《ら》見《み》てえな手《て》だつてかうえに出《で》んだか見《み》ろ。それ痛《いて》えの我慢《がまん》しい/\行《や》りせえすりや固《かた》まつちあんだ」勘次《かんじ》は自分《じぶん》の手《て》をおつぎへ示《しめ》した。
「おつかゞ無《な》くなつて困《こま》んな汝《われ》ばかしぢやねえんだから」勘次《かんじ》は暫《しばら》く間《あひだ》を置《おい》てぽつさりとしていつた。
「身上《しんしやう》の爲《ため》だから汝《われ》も我慢《がまん》するもんだ、見《み》ろ汝等處《わツらとこ》ぢやねえ、武州《ぶしう》の方《はう》へなんぞ遣《や》られて泣《な》き拔《ぬ》いてるものせえあら」と彼《かれ》は又《また》辛《から》うじていつた。大人《おとな》しく默《だま》つて居《ゐ》たおつぎは
「武州《ぶしう》ツちやどつちの方《はう》だんべ」寧《むし》ろあどけなく聞《き》いた。
「あつちの方《はう》よ、汝《われ》が足《あし》ぢや一日にや歩《ある》けねえ處《ところ》だ」勘次《かんじ》は雨戸《あまど》の方《はう》を向《む》いて西南《せいな
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