はあ引《ひ》つ懸《か》けんぢやねえぞ大變《たえへん》だかんな」おつぎは極《きは》めて輕《かる》く叱《しか》つて又《また》田《た》へおりた。勘次《かんじ》は又《また》呶鳴《どな》つた。
「そんでもよき[#「よき」に傍点]は絲《いと》切《き》つちまつたんだもの」
おつぎは危《あや》ぶむやうにして控《ひか》へ目《め》に聲《こゑ》を立《た》てゝいつた。おつぎは默《だま》つて其《そ》の手《て》を動《うご》かして居《ゐ》る。與吉《よきち》は返辭《へんじ》がなくても懷《なつ》かし相《さう》に姉《ねえ》ようと數次《しば/\》喚《よ》び掛《か》けた。おつぎの姿《すがた》が遠《とほ》くなれば筵《むしろ》へ口《くち》のつく程《ほど》屈《かゞ》んで聲《こゑ》を限《かぎ》りに喚《よ》んだ。
其《そ》の晩《ばん》勘次《かんじ》は二人《ふたり》を連《つ》れて近所《きんじよ》へ風呂《ふろ》を貰《もら》ひに行《い》つた。おつぎは其處《そこ》へ聚《あつま》つた近所《きんじよ》の女房《にようばう》に自分《じぶん》の手《て》を見《み》せて
「俺《お》らこんなに肉刺《まめ》出《で》つちやつたんだよ」と呟《つぶや》いた。
「ほんによな、痛《いた》かつぺえなそりや、そんでもおつかあが居《ゐ》ねえから働《はたら》かなくつちやなんねえな」女房《にようばう》は慰《なぐさ》めるやうにいつた。
「おつかあのねえものは厭《や》だな」おつぎはいつて勘次《かんじ》を見《み》ると直《すぐ》に首《くび》を俛《たれ》た。勘次《かんじ》は側《そば》で凝然《ぢつ》とそれを聞《き》いて居《ゐ》た。
「おつう等《ら》だつて今《いま》に善《え》えこともあらな、そんだがおつかゞ無《な》くつちや衣物《きもの》欲《ほ》しくつても此《これ》ばかりは仕《し》やうがねえのよな」女房《にようばう》はいつた。勘次《かんじ》は其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》ことは云《い》はずに居《ゐ》て呉《く》れゝばいゝのにと思《おも》ひながら六《むづ》か敷《し》い顏《かほ》をして默《だま》つて居《ゐ》た。
「此《こ》の肉刺《まめ》はとがめ[#「とがめ」に傍点]めえか」おつぎは手《て》の平《ひら》の處々《ところ/″\》に出《で》た肉刺《まめ》を見《み》て心配相《しんぱいさう》にいつた。
「何《なん》でとがめるもんか
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