る。勘次《かんじ》は追憶《つゐおく》に堪《た》へなくなつてはお品《しな》の墓塋《はか》に泣《な》いた。彼《かれ》は紙《かみ》が雨《あめ》に溶《と》けてだらりとこけた白張提灯《しらはりちやうちん》を恨《うら》めし相《さう》に見《み》るのであつた。
勘次《かんじ》は悄《しを》れた首《くび》を擡《もた》げて三|人《にん》の口《くち》を糊《のり》するために日傭《ひよう》に出《で》た。彼《かれ》は能《よ》く隣《となり》の主人《しゆじん》に使《つか》つて貰《もら》つた。米《こめ》は屹度《きつと》彼《かれ》が搗《つ》かせられた。上手《じやうず》な彼《かれ》は減《へ》らさないでさうして白《しろ》く搗《つ》いた。彼《かれ》は時《とき》としては主人《しゆじん》のうつかりして居《ゐ》る間《ま》に藏《くら》から餘計《よけい》な米《こめ》を量《はか》り出《だ》して、そつと隱《かく》して置《お》いて夜《よる》自分《じぶん》の家《いへ》に持《も》つて來《く》ることがあつた。それも僅《わづ》か二|升《しよう》か三|升《じよう》に過《す》ぎない。其《そ》の位《くらゐ》では主人《しゆじん》の注意《ちうい》を惹《ひ》くには足《た》らなかつた。さうして其《そ》の米《こめ》は窮迫《きうはく》した彼《かれ》の厨《くりや》を少時《しばし》濕《うるほ》すのである。或《あ》る時《とき》彼《か》れは復《ま》た主人《しゆじん》の米《こめ》をそつと掠《かす》めて股引《もゝひき》へ入《い》れて目《め》につかぬやうに薪《たきゞ》の積《つ》んだ間《あひだ》へ押《お》し込《こ》んで置《お》いた。傭人《やとひにん》がそれを發見《はつけん》して竊《ひそか》に主人《しゆじん》の内儀《かみ》さんに告《つ》げた。内儀《かみ》さんは僅《わづ》かなことだから棄《す》てゝ置《お》いて遣《や》れといつたが然《しか》し傭人《やとひにん》は一つには惡戯《いたづら》から米《こめ》を明《あ》けて其《そ》の代《かはり》に一|杯《ぱい》に土《つち》を入《い》れて置《お》いた。勘次《かんじ》は發覺《はつかく》したことを怖《おそ》れ且《か》つ恥《は》ぢて次《つぎ》の日《ひ》には來《こ》なかつた。それから數日間《すうじつかん》は主人《しゆじん》の家《うち》に姿《すがた》を見《み》せなかつた。内儀《かみ》さんは傭人《やとひにん》の惡戯《いたづら》を聞《き》いて寧《
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