れ》はそんなこんなが不快《ふくわい》に堪《た》へないので次《つぎ》の日《ひ》野田《のだ》へ立《た》つて畢《しま》つた。
野田《のだ》で卯平《うへい》の役目《やくめ》といへば夜《よる》になつて大《おほ》きな藏々《くら/″\》の間《あひだ》を拍子木《ひやうしぎ》叩《たゝ》いて歩《ある》く丈《だけ》で老人《としより》の體《からだ》にもそれは格別《かくべつ》の辛抱《しんぼう》ではなかつた。晝《ひる》は午睡《ひるね》が許《ゆる》されてあるので其《そ》の時間《じかん》を割《さ》いて器用《きよう》な彼《かれ》には内職《ないしよく》の小遣取《こづかひどり》も少《すこ》しは出來《でき》た。好《す》きな煙草《たばこ》とコツプ酒《ざけ》に渇《かつ》することはなかつた。暑《あつ》い時《とき》にはさつぱりした浴衣《ゆかた》を引《ひ》つ掛《か》けて居《ゐ》ることも出來《でき》た。其處《そこ》は彼《かれ》には住《す》み辛《づら》い處《ところ》でもなかつた。只《たゞ》凍《い》ての酷《ひど》い冬《ふゆ》の夜《よ》などには以前《いぜん》からの持病《ぢびやう》である疝氣《せんき》でどうかすると腰《こし》がきや/\と痛《いた》むこともあつたが、其《そ》の時《とき》丈《だけ》は勘次《かんじ》とまづくなければお品《しな》の側《そば》でおとつゝあといはれて居《ゐ》たい心持《こゝろもち》もするのであつた。生來《せいらい》子《こ》を持《も》つたことのない彼《かれ》はお品《しな》一人《ひとり》が手頼《てたのみ》であつた。お品《しな》に死《し》なれて彼《かれ》は全《まつた》く孤立《こりつ》した。さうして老後《らうご》は到底《たうてい》勘次《かんじ》の手《て》に託《たく》さねばならぬことに成《な》つて畢《しま》つたのである。それでも不見目《みじめ》な貧相《ひんさう》な勘次《かんじ》は依然《いぜん》として彼《かれ》には蟲《むし》が好《す》かなかつた。彼《かれ》は野田《のだ》へ行《い》けば比較的《ひかくてき》に不自由《ふじいう》のない生活《せいくわつ》がして行《い》かれるので汝等《わつら》が厄介《やくかい》には成《な》らねえでも俺《おれ》はまだ立《たつ》て行《い》かれると、恁《か》うして哀愁《あいしう》に掩《おほ》はれた心《こゝろ》の一|方《ぱう》には老人《としより》の僻《ひが》みと愚癡《ぐち》とが起《おこ》つたのであつた
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