しを勘次《かんじ》に奪《うば》はれたやうで、ふつと不快《ふくわい》な感《かん》じを起《おこ》したのである。それもどんな姿《なり》にも勘次《かんじ》が義理《ぎり》を述《のべ》ればそれでもまだよかつたが、勘次《かんじ》は妙《めう》に身《み》がひけ[#「ひけ」に傍点]てそれが喉《のど》まで出《で》ても抑《おさ》へつけられたやうで聲《こゑ》に發《はつ》することが出來《でき》なかつたのである。
 懷《ふところ》のさむしい勘次《かんじ》はさうして身《み》がひけるのを卯平《うへい》には却《かへつ》て餘所《よそ》/\しくされるやうな感《かん》じを與《あた》へた。勘次《かんじ》は卯平《うへい》にも子供《こども》にも濟《すま》ぬやうな氣《き》がしたので近所《きんじよ》へ義理《ぎり》を足《た》すというて出《で》て菓子《くわし》の一袋《ひとふくろ》を懷《ふところ》へ入《い》れて來《き》た。其《そ》の時《とき》與吉《よきち》はもう眠《ねむ》つて居《ゐ》た。卯平《うへい》は變《へん》なことをすると思《おも》つて見《み》て居《ゐ》た。さうして又《また》更《さら》に自分《じぶん》が酷《ひど》く隔《へだ》てられるやうに思《おも》つた。彼《かれ》は五十|錢《せん》の錢《ぜに》のことを思《おも》ひ出《だ》して忌々敷《いま/\しく》なつた。
「勘次等《かんじら》懷《ふところ》はよかつぺ」卯平《うへい》はぶつゝりと聞《き》いた。
「おとつゝあ、俺《お》らえゝ所《ところ》なもんぢやねえ、やつとのことで逃《に》げるやうにして來《き》たんだ、あんな所《ところ》へなんざあ決《けつ》して行《い》くもんぢやねえ、とつても駄目《だめ》なこつた、俺《おら》も懲《こ》りつちやつたよ」勘次《かんじ》は慌《あわ》てゝいつた。彼《かれ》は逢《あ》ふ人《ひと》毎《ごと》に必《かなら》ずよからう/\といはれるのを非常《ひじやう》に怖《おそ》れて居《ゐ》た。
「うむ、さうかなあ」卯平《うへい》は氣《き》のないやうにいつた。
「どうで俺《お》ら餘計者《よけいもの》だ、居《ゐ》やしねえからえゝや、幾《いく》ら持《もつ》てたつて構《かま》やしねえ」彼《かれ》は更《さら》に獨語《つぶや》いた。勘次《かんじ》は蒼《あを》くなつた。卯平《うへい》は勘次《かんじ》が屹度《きつと》錢《ぜに》を隱《かく》して居《ゐ》るのだと思《おも》つたのである。彼《か
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