》は一寸《ちよつと》見向《みむ》いたきりで歸《かへ》つたかともいはない。勘次《かんじ》が草臥《くたび》れた容子《ようす》をして居《ゐ》るのが態《わざ》とらしいやうに見《み》えるので卯平《うへい》は苦《にが》い顏《かほ》をして、火《ひ》の消《き》えた煙管《きせる》をぎつと噛《か》みしめては思《おも》ひ出《だ》したやうに雁首《がんくび》を火鉢《ひばち》へ叩《たゝ》き付《つ》けた。吸穀《すひがら》がひつゝいてるので彼《かれ》は力《ちから》一|杯《ぱい》に叩《たゝ》きつけた。勘次《かんじ》にはそれが當《あ》てつけにでもされるやうに心《こゝろ》に響《ひゞ》いた。
「おつぎみんなでも嘗《な》めさせろ、さうして汝《われ》も嘗《な》めつちめえ、おとつゝあ稼《かせ》えで來《き》たから汝等《わつら》も此《こ》れからよかんべえ」卯平《うへい》はいつた。勘次《かんじ》は漸《やうや》く歸《かへ》つた其《そ》の箭先《やさき》にかういふことで自分《じぶん》の家《うち》でも酷《ひど》く落付《おちつ》かない、こそつぱくて成《な》らない心持《こゝろもち》がするので彼《かれ》は足《あし》も洗《あら》はずに近所《きんじよ》へ義理《ぎり》も足《た》すからといつて出《で》て行《い》つた。
「明日《あした》だつてえゝのに」卯平《うへい》は後《あと》で呟《つぶや》いた。彼《かれ》はぶすり/\と口《くち》は利《き》くのであつたがそれでも先刻《さつき》からのやうにひねくれ曲《まが》つたことは此《こ》れまではいつたことはなかつた。
彼《かれ》は死《し》んだお品《しな》のことを思《おも》つて二人《ふたり》の子《こ》が憐《あは》れになつて勘次《かんじ》の居《ゐ》ない間《あひだ》の面倒《めんだう》を見《み》る氣《き》に成《な》つた。彼《かれ》は僅《わづか》な菓子《くわし》の袋《ふくろ》から小《ちひ》さな與吉《よきち》に慕《した》はれて見《み》ると有繋《さすが》に憎《にく》い心持《こゝろもち》も起《おこ》らなかつた。其《そ》の間《あひだ》彼《かれ》は何《なん》にも不足《ふそく》に思《おも》つては居《ゐ》なかつた。それを勘次《かんじ》が歸《かへ》つて見《み》ると性來《しやうらい》好《す》きでない勘次《かんじ》へ忽《たちま》ちに二人《ふたり》の子《こ》は靡《なび》いて畢《しま》つた。彼《かれ》は此《これ》までの心竭《こゝろづく》
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