すつて煙草《たばこ》へ火《ひ》を移《うつ》しては燃《も》えさしを手《て》ランプへ點《つ》けて
「おつかあが見《め》えんだかも知《し》んねえ、さうら明《あか》るく成《な》つた。汝《わ》りや※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、69−12]《ねえ》に抱《だ》かさつてんだ。可怖《おつかねえ》ことあるもんか」卯平《うへい》は重《おも》い調子《てうし》でいふのである。與吉《よきち》は壁《かべ》の何處《どこ》ともなく見《み》ては火《ひ》の附《つ》いたやうに身《み》を慄《ふる》はして泣《な》いて犇《ひし》とおつぎへ抱《だ》きつく。おつぎは與吉《よきち》を膝《ひざ》へ抱《だ》いて泣《な》き止《や》むまでは兩手《りやうて》で掩《おほ》うて居《ゐ》る。それが泣《な》き出《だ》したら毎夜《まいよ》のやうなのでおつぎは、玉砂糖《たまざたう》を蒲團《ふとん》の下《した》へ入《い》れて置《お》いて泣《な》く時《とき》には甞《な》めさせた。それでも泣《な》き募《つの》つた時《とき》は口《くち》へ入《い》れた砂糖《さたう》を吐《は》き出《だ》しては愈《いよ/\》烈《はげ》しく泣《な》くのである。おつぎは焦《ぢ》れて邪險《じやけん》に與吉《よきち》をゆさぶることもあつた。それで與吉《よきち》は遂《しまひ》には砂糖《さたう》を口《くち》にしながらすや/\と眠《ねむ》る。卯平《うへい》は與吉《よきち》が靜《しづ》かに成《な》るまでは横《よこ》に成《な》つた儘《まゝ》おつぎの方《はう》を向《む》いて薄闇《うすぐら》い手《て》ランプに其《そ》の目《め》を光《ひか》らせて居《ゐ》る。
與吉《よきち》はおつぎに抱《だ》かれる時《とき》いつも能《よ》くおつぎの乳房《ちぶさ》を弄《いぢ》るのであつた。五月蠅《うるさ》がつて邪險《じやけん》に叱《しか》つて見《み》ても與吉《よきち》は甘《あま》えて笑《わら》つて居《ゐ》る。それでも泣《な》く時《とき》にお品《しな》のしたやうに懷《ふところ》を開《あ》けて乳房《ちぶさ》を含《ふく》ませて見《み》ても其《そ》の小《ちひ》さな乳房《ちぶさ》は間違《まちが》つても吸《す》はなかつた。砂糖《さたう》を附《つ》けて見《み》ても欺《あざむ》けなかつた。おつぎは與吉《よきち》が腹《はら》を減《へ》らして泣《な》く時《とき》には米《こめ》を水《みづ》に浸
前へ
次へ
全478ページ中72ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング