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二十二日、觀世音寺にまうでんと宰府より間道をつたふ
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稻扱くとすてたる藁に霜ふりて梢の柿は赤くなりにけり
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彼の蒼然たる古鐘をあふぐ、ことしはまだはじめてなり
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手を當てゝ鐘はたふとき冷たさに爪叩き聽く其のかそけきを
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住持は知れる人なり、かりのすまひにひとしき庫裏なれども猶ほ且かの縁のひろきを憾む
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朱欒植ゑて庭暖き冬の日の障子に足らずいまは傾きぬ
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二十五日、氣候激變してけさもはげしき北吹きてやまず、さゝやかなる店に蔬菜のうれのこりたるも哀れなり
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うるほへば只うつくしき人參の肌さへ寒くかわきけるかも
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二十六日、百穗氏の來状に接す、寒雲低く垂れて庭に落葉を焚くなどあり
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幾ばくの落葉にかあらむ掃きよせて竈《くど》には焚かず庭にして焚く
落葉焚きて寒き一夜の曉は灰に霜置かむ庭の土白く
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二十九日、筑後國なる松崎といふところに人をたづぬることありて朝つとめて立つ、おもはぬ霜ふかくおりたるに此の如きは冬にいりてはじめてなりといふ
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芒の穗ほけたれば白しおしなべて霜は小笹にいたくふりにけり
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此の日或る禪寺の庭に立ちて
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枳※[#「木+惧のつくり」、第4水準2−15−7]《けんぽなし》ともしく庭に落ちたるをひらひてあれど咎めても聞かず
たま/\は榾の楔をうちこみて樅の板挽く人もかへりみず
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十二月七日、程ちかく槭をおほく植ゑたるあり、けふは塀の外に散り敷ける落葉を掃きて、松葉のまじりたるまゝに火をつけて燒く
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そこらくにこぼれ松葉のかゝりゐる枯枝も寒し落葉焚く日は
いさゝかの落葉が燒くるいぶり火に烟は白くひろごりにけり
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夜にいりて空俄に凄じくなりたれば、戸ははやく立てさせて
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時雨れ來るけはひ遙かなり焚き棄てし落葉の灰はかたまりぬべし
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八日
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松の葉を繩に括りて賣りありく聲さへ寒く雨はふりいでぬ
朝まだき車ながらにぬれて行く菜は皆白き莖さむく見ゆ
四
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大正三年六月八日、山崎をすぎて雨おほいに到る
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天霧《あまぎ》らふ吹田《すゐだ》茨木雨しぶき津の國遠く暮れにけるかも
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九日、三たび播州を過ぐ
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播磨野は朝すがしき淺霧の松の上なる白鷺の城
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同二年四月十五日夕、空には朝來の雨なごりもなく、汽車はこゝろよく伯耆の海岸に添ふて走る
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そがひには伯耆嶺白く晴れたればはらゝに泛ける隱岐の國見ゆ
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十七日、出雲の杵築にいたり大社に賽す、其の本殿の構造、簡易にして素朴なれどもしかもこれを仰ぐに、彼の大國主の天の瓊矛を杖いて草昧の民の上に君臨せる俤を只今目前にみるのおもひあり
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久方の天が下には言絶えて嘆きたふとび誰かあふがざらむ
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十九日、よべはおそく香住といふところにやどりて、應擧の大作をみむとつとめて大乘寺を訪ふ
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菜の花をそびらに立てる低山は櫟がしたに雪はだらなり
底本:「長塚節名作選 三」春陽堂書店
1987(昭和62)年8月20日発行
入力:町野修三
校正:浜野智
1999年5月19日公開
2009年8月20日修正
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