どながく矜らむ

乘鞍はさやけく白し濁りたるなべてが空に只一つのみ

おろそかに仰げば低き蒼空を遙にせんと乘鞍は立てり

乘鞍は一目我が見て一つのみ目にある姿我が目に我れ見つ

まなかひに俤消たずたふときもの山に乘鞍人にはたありや

乘鞍は一目見しかばおごそかに年を深めてます/\思ほゆ
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 明治四十五年

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喉頭結核といふ恐しき病ひにかゝりしに知らでありければ心にも止めざりしを打ち捨ておかば餘命は僅かに一年を保つに過ぎざるべしといへばさすがに心はいたくうち騷がれて
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生きも死にも天のまに/\と平らけく思ひたりしは常の時なりき

我が命惜しと悲しといはまくを恥ぢて思ひしは皆昔なり

往きかひのしげき街《ちまた》の人皆を冬木の如もさびしらに見つ

我が心萎えてあれや街行く人の一人も病めりとも見ず

知らなくてありなむものを一夜ゆゑ心はいまは昨日にも似ず

かくのみに心はいたく思へれや目さめて見れば汗あえにけり

しかといはゞ母嘆かむと思ひつゝたゞにいひやり母に知るべく

なにしかも命悲しといはまくに答ふることは我は知らぬに


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