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病院より旅宿とありける間は夜具を干しくるゝ人もなかりけるを、ひと日母が手して竿に掛けさせければ我も日毎にかくしつゝ
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日に干せば日向臭しと母のいひし衾《ふすま》はうれし軟かにして
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日に疎き庭は土質悪しければ、冬の程には箒もあて難きに杉の大木聳え立ちたれば落葉もいたく亂れにけるを
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あまたあれば杉の落葉のいぶせきに梅の花白しそのいぶせきに
杉の葉の梅の木にして懸れるを見つゝ佇むそのさゆらぐを
掃かざりし杉の落葉を熊手もて掻かしめしかば心すがしき
我がさとはかくしもありき庭にして落葉掻き集む梅さへ散るに
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三月十三日、朝のほど雨ふる
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外に立てどいくだもぬれぬ春雨を棕櫚の葉に聞く外に立ちしかば
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雨はやがて雪にかはりたれば寒さ身にしむに母と相對して火鉢に手を翳す
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桑の根の炭はいぶせし火を吹くと皮がはねつる吹かなくてあらむ
病中雜咏(補遺)
いたづきは癒えなむのぞみありぬべしいためる心いゆる時あれや
ま悲しき花は山茶花日にしてはいくたび見つる思ひかねては
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大正三年
鍼の如く 其の一
一
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秋海棠の畫に
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白埴の瓶こそよけれ霧ながら朝はつめたき水くみにけり
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りんだうの畫に
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曳き入れて栗毛繋げどわかぬまで櫟林はいろづきにけり
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夜半ふとおどろきめざめて
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無花果に干したる足袋や忘れけむと心もとなき雨あわたゞし
二
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上州入山の山中にて
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唐黍の花の梢にひとつづゝ蜻蛉《あきつ》をとめて夕さりにけり
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歸路
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うなかぶし獨し來ればまなかひに我が足袋白き冬の月かも
たもとほり榛が林に見し月をそびらに負ひてかへり來われは
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博多所見
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しめやかに雨過ぎしかば市の灯はみながら涼し枇杷堆し
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肥後に入る
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球磨《くま》川の淺瀬をのぼる藁船は燭奴《つけぎ》の如き帆をみなあげて
三
山吹は折ればやさしき枝毎に裂きてもをかし草などの如
西瓜割れば赤きがうれしゆがまへず二つに割れば矜らくもうれし
菜豆《いんげん》はにほひかそけく膝にして白きが落つも莢をしむけば
そこらくに藜をつみて茹でしかば咽喉こそばゆく春はいにけり
おしなべて白膠木《ぬるで》の木の實鹽ふけば土は凍りて霜ふりにけり
枳※[#「木+惧のつくり」、第4水準2−15−7]《けんぽなし》さびしき枝の葉は落ちて骨ばかりなる冬の霜かも
楢の木の嫩葉は白し軟かに單衣の肌に日は透りけり
芝栗の青きはあましかにかくに一つ二つは口もてぞむく
松が枝にるりが竊に來て鳴くと庭しめやかに春雨はふり
草臥を母とかたれば肩に乘る子猫もおもき春の宵かも
移し植うと折れたる枝の錢菊は※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]すにこちたし棄てまくも惜し
藁の火に胡麻を熬るに似て子雀《こがらめ》の騷ぐ聲遠く霧晴れむとす
洗ひ米かわきて白きさ筵に竊に椶櫚の花こぼれ居り
楢の木の枯木の中に幹白き辛夷はなさき空蒼く濶し
四
落栗は一つもうれし思はぬにあまたもあれば尚更にうれし
秋の日は枝々洩りて牛草のまばら/\は土のへに射す
柿の樹に梯子掛けたれば藪越しに隣の庭の柚子黄み見ゆ
雀鳴くあしたの霜の白きうへにしづかに落つる山茶花の花
藁掛けし梢に照れる柚子の實のかたへは青く冬さりにけり
倒れたる椎の木故に庭に射す冬の日廣くなりにけるかも
梧桐の幹の青きに涙なすしづく流れて春雨ぞふる
冬の日はつれなく入りぬさかさまに空の底ひに落ちつゝかあらむ
桑の木の低きがうれに尾をゆりて鵙も鳴かねば冬さりにけり
五
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病院の生活も既に久しく成りける程に四月廿七日、夜おそく手紙つきぬ、女の手なり
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春雨にぬれてとゞけば見すまじき手紙の糊もはげて居にけり
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五月六日、立ふぢ、きんせん、ひめじをんなどくさ/″\の花もて來てくれぬ、手紙の主なり、寂しき枕頭にとりもあへず
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藥壜さがしもてれば行春のしどろに草の花活けにけり
[#ここ
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