から6字下げ]
草の花はやがて衰へゆけども、せめてはすき透りたる壜の水のあたらしきを欲すと
[#ここで字下げ終わり]
いさゝかも濁れる水をかへさせて冷たからむと手も觸れて見し
[#ここから6字下げ]
いつの間にか、立ふぢは捨てられ、きんせんはぞろりとこぼれたるに、夏の草なればにや矢車のみひとりいつまでも心強げに見ゆれば
[#ここで字下げ終わり]
朝ごとに一つ二つと減り行くに何が殘らむ矢車の花
俛首れてわびしき花の※[#「耒+婁」、第4水準2−85−9]斗菜《をだまき》は萎みてあせぬ矢車の花
風邪引きて厭ひし窓もあけたればすなはちゆるゝ矢車の花
快き夏來にけりといふが如まともに向ける矢車の花
[#ここから6字下げ]
五月十日、復た草の花もて來てくれぬ、鐡砲百合とスウヰトピーなり、さきのは皆捨てさせて心もすが/\しきに[#「すが/\しきに」は底本では「すが/″\しきに」]、いつのまにか大きなる百合の蕾ひそかに綻びたるに
[#ここで字下げ終わり]
心ぐき鐡砲百合か我が語るかたへに深く耳開き居り
[#ここから6字下げ]
十一日の夜に入りはじめて百合のかをりの高きを聞く、此夜ものおもふことありけるに明日の疲れおそろしければ、好まざれども睡眠劑を服す、入院以來これにて二度目なり
[#ここで字下げ終わり]
うつゝなきねむり藥の利きごゝろ百合の薫りにつゝまれにけり
六
[#ここから6字下げ]
病牀にひとりつれ/″\を慰めむと、柾《まさ》といふ紙を求めて四方の壁をいろどりしが
[#ここで字下げ終わり]
壁に貼りしいたづら書の赤き紙に埃も見えて春行かむとす
[#ここから6字下げ]
貧しき人々の住む家なれば、棟にあまた草生ひたれども嘗てとることもなきぞと見ゆるに
[#ここで字下げ終わり]
窓の外は甍ばかりのわびしきに苦菜《にがな》ほうけて春行かむとす
[#ここから6字下げ]
窓の硝子は朝ごとに拭へども、そともは手もとゞかねばいさゝかの曇りなれども晴るゝこともなし、春暮れむとして空さだまらず
[#ここで字下げ終わり]
硝子戸の春の埃をあらはむと雨は頻りに打ち注ぎけり
[#ここから6字下げ]
窓を壓して梧桐の木わだかまれり、はじめのほどに
[#ここで字下げ終わり]
春雨になまめきわたる庭の内に愚かなりける梧桐の木か
[#ここから6字下げ]
とよみおきけるが、今は梢のさやぎも著しく
[#ここで字下げ終わり]
窓掛はおほにな引きそ梧桐の嫩葉の雨はしめやかに暮れぬ
[#ここから6字下げ]
藁蒲團のかたへゆがみたるに身を横たふることも、餘りに日のかさなればその單調なるにたふべくもあらず、まして爽かなる夏の既に行きいたれゝば
[#ここで字下げ終わり]
梧桐の夏をすがしみをり/\は疊の上にねまく欲りすも
[#ここから6字下げ]
熱少したかけれどもたま/\出でありくこともあり
[#ここで字下げ終わり]
あかしやの花さく蔭の草むしろねなむと思ふ疲れごゝろに
鍼の如く 其の二
一
[#ここから6字下げ]
五月二十二日夜、こゝろに苦惱やみがたきこと起りて眠遂におだやかならず
[#ここで字下げ終わり]
小夜ふけてあいろもわかず悶ゆれば明日は疲れて復た眠るらむ
おそろしき鏡の中のわが目などおもひうかべぬ眠られぬ夜は
よしといへば水には足はひたせどもいたづらにして小夜ふけにけり
すべもなく髪をさすればさら/\と響きて耳は冴えにけるかも
やはらかきくゝり枕の蕎麥殼も耳にはきしむ身じろぐたびに
ゆくりなく手もておもてを掩へればあな煩はし我が手なれども
[#ここから6字下げ]
手紙のはしには必ず癒えよと人のいひこすことのしみ/″\とうれしけれど
[#ここで字下げ終わり]
ひたすらに病癒えなとおもへども悲しきときは飯減りにけり
[#ここから6字下げ]
窓外を行く人を見るに、既に夏の衣にかへたるがおほし
[#ここで字下げ終わり]
咳き入れば苦しかりけり暫くは襲ねて居らむ單衣欲しけど
[#ここから6字下げ]
藁蒲團に身をいたはることも七十日にあまりたれど、自らいくばくも快きをおぼえず
[#ここで字下げ終わり]
頬の肉落ちぬと人の驚くに落ちけるかもとさすりても見し
いぶせきに明日は剃らなと思ひつゝ髭の剃杭のびにけるかも
二
[#ここから6字下げ]
物質上の損失はおほくは同情者の手によりて容易に補給せらるべきも、精神上の缺陷は同情者の手によりて凡て直ちに解決せらるべきものなるべからず、如何に深厚の同情と雖も其効果は概ね甚だ僅少なるべきなり、然れども其効果の僅少なるが爲めに遂に人間至高の價値を没却すべからず
[#ここで字下げ終わり]
いさゝかのことなりながら痒きとき身にし
前へ
次へ
全11ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング